第19話 目覚め

「……僕、蒼き剣になってるの?」


 ルシエルから「あなた蒼き剣になってるもの」と言われた。しかしロビンは、信じることができなかった。


 しかし、思うように体が動かせないどころか、自分の手さえ見ることができない。

 ――自分が蒼き剣になった――ロビンは、その事実を認めざるを得なくなった。


「今日から、あなたは花の妖精じゃなくて、蒼き剣の妖精ね」

「そ、そんなぁ……」


「何が起こるかわからない」と言われたので、覚悟はしていたつもりだった。


 でも、自分が蒼き剣になる。


 そんなことは、思ってもみなかったのだ。

 これから、どうなってしまうのだろうか。そんなことより――


「剣になっちゃったら、身動きが取れないじゃないか」

「でも、花の妖精じゃ戦えないでしょ」


「それはそうだけど、でも、今の状況だったら、あんまり変わんないよぅ」


「ま、身動き取れない分は、フォローしてやらないでもないわ」

 ルシエルは、ロビンをエメラーダのいる部屋へと飛ばした。


「わわわわ!」

 宝物庫からいきなりエメラーダの部屋に飛ばされたロビンは、慌てふためいた。


「もう、ルシエルのやることは、なんでもかんでも急だなぁ!」

 文句を言いながらも、精一杯目玉を動かす。


 部屋を見渡すと、ベッドの上に横になっているエメラーダの姿があった。エメラーダは、ベッドの上でぼんやりとしている。


「エメラーダ! 大丈夫!?」

 ロビンは、声を出した。エメラーダは無反応だ。


「エメラーダ!!」

 ロビンは、叫んだ。すると、ようやくエメラーダの瞳が動いた。そしてゆっくりと顔を上げる。


「……」

 エメラーダは、何も言わずにロビンを見る。エメラーダの目には、生気がなかった。その目を見た瞬間、ロビンはゾッとした。


「これは……本当にまずいぞ」

 とてもじゃないが、まともに会話ができる状態ではない。


 それにしても、一体どうしてこんなことになったのか。蒼き剣のせいか、それとも、アナセマスのせいなのか……。


「ルシエル-!」

 ロビンはルシエルを呼んだ。


「はいはーい」

 すると、すぐに返事があり、部屋の中に表れた。


「呼んだ?」

「来てくれてありがとう! エメラーダは、ご覧の通りだ……」

 ルシエルはエメラーダを一瞥した。


「大人しくしててよかったじゃない」

「よくないよ! 目の前に蒼き剣が出てきたのに無反応とか!」

 ロビンは必死に訴えたが、ルシエルは全く気にしていないようだった。


「ルシエル! とにかく、僕をエメラーダの手の届くところに移動させて!」


「大丈夫かしら? だって、あなた、今、剣でしょう。手に持って暴られでもしたら責任持てるのかしら?」


「なんでこんな時に責任がどうとか言うんだよう」

 ロビンは泣きそうな声を出した。


「うーん、わかったわよ」

 ルシエルはしぶしぶ了解する。


「エメラーダ、蒼き剣をあなたの手が届くところに移動させるわよ」

 言うなり、蒼き剣は、エメラーダの手元に移動した。エメラーダは何も言わず、剣を凝視する。


「エメラーダ。あなたは、その剣を握る! いいわね?」

 ルシエルの言葉を聞いたエメラーダは、迷うことなく剣のグリップを握った。


「ロビン! ここからは、あなた次第よ」

「えっ、どういうこと!?」

 突然話を振られたロビンは戸惑った。


「あなた、エメラーダを助けるんでしょう?」

「もちろんだよ!」


「あなたの力で何とかしなさいってことよ」

「僕の力でって言われても……」

「あなたは、蒼き剣なんだから、きっとできるはずよ」

 そう言うと、ルシエルは消えてしまった。



「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

 ルシエルがいなくなり、ロビンの不安感はさらに募る。


 しかし、ここで弱音を吐くわけにもいかない。ロビンは意識を集中させた。


「エメラーダ、僕だよ、ロビンだよ」

 ロビンは呼びかける。しかし、相変わらずエメラーダは虚ろな目をしたままだった。


「エメラーダ、お願いだから僕を見てくれよ!」


 ロビンは、必死になって叫ぶ。すると、ようやく、エメラーダの視線が動いた。


「……ロビ……ン……?」

「そうだよ! 僕はロビンだ。わかるかい?」


 ロビンが問いかけるも、エメラーダは再びぼんやりとした表情に戻った。

「……」


「ああ、もう、どうしたらいいんだよ!」

 ロビンは、頭をかきむしりたいが、生憎手も頭もなかった。


 そんなとき、ロビンは、あることを思い出した。


「蒼き剣にあるカオスの力は、精神に影響を与えると言っていたな……それに、『何が起こるかわからない』とも……でも、どうすればカオスの力を使えるんだろうか?」


 ロビンが考えこんでいたときである。刀身が、仄かに青白く光った。


「これは……カオスの力が反応しているのかな……? そうだ、エメラーダを元に戻してよ!」


 刀身の光は輝きを増し、エメラーダを包み込んだ――。



「……えっと、外はすっかり明るくなっていますね。何故、私は寝台の上にいるのでしょうか……。

 うわ! なんですか!? この剣は!!」


 エメラーダは、握っている蒼き剣を見て、驚き怪しんだ。まるで、初めて見たかのようだ。


「エメラーダ!」

 ロビンは呼びかけた。


「その声は……ロビン? あなた、今、どこにいるのですか?」

 エメラーダは首を左右に動かし、辺りを見回した。


「僕は、ここだよー。色々あって、蒼き剣になっちゃったんだ」

 ロビンは柄の辺りに付いている蝶のような羽根を、パタパタと動かした。


「え ……これが、蒼き剣、なのですか?」

 エメラーダはまじまじと蒼き剣を見た。


「どうしたの?」

 ロビンが尋ねたとき、エメラーダは信じられないというような顔をしていた。


「だって、青いには青いんですけど、目と歯が付いていますよ。とても、詩にある蒼き剣とは思えないのですが……」


 どうやら、蒼き剣の見え方が変わったようだ。これはどうしたことか。ロビンは唸った。


「とにかく、早く支度をして。皆のところに行こう。皆、心配してたんだよ」


「皆様、私のことを心配していたのですか?」

「そ、そうだけど……」


 ロビンは、エメラーダの言葉に引っかかる。まるで、何も覚えてないかのようだった。

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