第6話 出発①

 エメラーダは、カシナに連れられて、元居た場所に戻る。玄関にはマックスがいた。


「カシナ。こいつはなんか変なことしなかったか?」

「もう、マックスさんまで」

「警戒するのは当たり前だろ。俺は、こいつと話がある」

「こいつ、じゃなくてエメラーダっていうんですよ」


 マックスとカシナは言い合いをしていた。


「くっちゃべってる場合じゃない。とにかく、戻るぞ。カシナ、話はまた後だ」

 マックスは、一先ずカシナと別れる。


 エメラーダはマックスに連れられて、ロビンのいる部屋に戻った。そこには、ディーダもいた。


「で、これからどうするか、なんだが」

 部屋に戻るなり、マックスは話を切り出す。


「俺としては、あんたをとっとと元の世界に送り返したい」

「はい」


『元の世界に帰りたい』という思いは、エメラーダも一緒だった。もっとも、マックスは邪険にしているだけだったが。


 マックスの隣にいるディーダが発声した。

「名前? どうでもいいだろ」


 それを聞いたディーダがまた発声した。どうやら異を唱えているらしい。マックスは「こいつはエメラーダだ」と言った。


「そういえば、僕、自己紹介がまだだった」

 ロビンはふと思い出したかのように、自己紹介をしようとする。


「お前のことは聞いてない」

 対してマックスは、ロビンを冷たくあしらった。


「ちょっと、ロビンに冷たくするのはやめなさいよ」

 マックスの肩の上に、ルシエルが姿を表した。


「お前ら妖精がロクなことをしないのが悪いんだろうが」

「なによ、ちょっと因果律をいじるだけじゃないの」


 ルシエルはとんでもないことを言っていないか。ロビンは困惑した。


 マックスとルシエルは、しばらく口角泡を飛ばしていた。

 それを見ていたディーダがマックスの肩を叩いて、なだめるような声を出す。


「……すまん、ディーダ。『これからどうするか』って話をしてたんだよな」

 マックスはきまり悪そうにしていた。


「マックスさん、よろしいですか? 実は、お尋ねしたいことがあるのですが……」

 エメラーダは『蒼き剣』をマックスに見せた。


「蒼き剣のことは存じておりますか?」


「蒼き剣? 青い剣がなんだっていうんだ」

「蒼き剣のことを存じないのですね。蒼き剣には――」

 エメラーダはマックスに蒼き剣の伝説を語った。


 マックスはエメラーダが語る蒼き剣の伝説に耳を傾けていた。


「話は終いか?」

 マックスの顔に浮かんでいるのは、驚嘆ではなかった。浮かんでいたのは、猜疑の色である。


「はい。お終いですが……」


 エメラーダの答えを聞いた途端、マックスは「ふぅん」と言いながら、腕を組んだ。部屋はつかの間、静寂が訪れる。しばらくして、マックスが口を開いた。


「ところで、お前はその伝説とやらを信じているのか?」


「……えーと……」

 マックスの言葉は、考えたこともないものだった。エメラーダは狼狽する。


 エメラーダは、蒼き剣の伝説を聴いて育ってきた。エメラーダにすれば、血肉のようなものだ。何をもって、マックスは「信じているのか?」と言ったのだろうか。エメラーダは、まるで見当がつかなかった。


 何をもって、こんなことを言ったのだろうか。なにせ、会ったばかりだ。そもそもマックスが何者なのかさえ分からない。


 とはいえ、剣を振るうのが生業であろうことは想像にかたくない。マックスは、傍目では歴戦の戦士だ。戦士であるなら尚のこと、伝説の剣と聞いたら心躍るであろうに。


 目が泳いでいるエメラーダに、マックスは追い打ちをかけるようにたたみかける。


「剣なんてのはな、ただの殺しの道具だ。それ以上でもそれ以下でもない。


 世界を救うとかなんとか言ってるけど、もしもその剣にそんな力があるとするなら、ロクなことにならないぞ。まぁ、皆殺しにすれば平和になるだろうよ」


 エメラーダは、雷に撃たれたような衝撃を受けた。マックスの口から、蒼き剣の伝説を全否定するようなことを聞いたからである。


「それにしても、この剣がそんな物騒な力を持ってるように見えないがな」

 マックスは改めて蒼き剣を見た。


「と、言いますと……?」

「だって、この剣、歯が生えてるし、目玉がついてるぞ。青いっちゃ青いが」

「えぇ……?」


 マックスがどういう基準で「この剣がそんな物騒な力を持っているように見えない」と言ったのかわからなかった。


 それよりも、蒼き剣を「歯が生えていて、目玉がついている」と評したことだ。マックスは、ロビンと同じことを言っているではないか。


 エメラーダは蒼き剣の方に目を向けた。エメラーダには歯も目玉も見えない。ただ青白く輝いているようにしか見えなかった。


「私には、歯も目玉も見えないんです。でも、ロビンも同じようなことをおっしゃっていました。

 マックスさん。ディーダさんにも蒼き剣を見せたいのですが」


 マックスは、それをディーダに伝える。エメラーダはディーダの言っていることが分からないが、ディーダの方でも、エメラーダの言っていることが分からないからである。


 マックスの言を受けて、ディーダは蒼き剣を覗き込むようにして見た。一通り見たあと、マックスに見たものを伝える。


「ディーダも、この剣には歯と目玉がついてるって言ってるぞ」


「そうなんですね……」


 エメラーダ以外、皆が皆「蒼き剣には歯と目玉がついている」と言っている。ということは、自分だけ正しく見えていないのではないか。


 そういえば、ディーダだって本来の姿であろう人間の姿に見えないのだ。ということは、エメラーダだけ、間違えて見えているということだ。


 しかし、なぜ自分だけ見え方が違うのだろうか。エメラーダは不思議でならなかった。

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