第7話 出発②

「こんなところでくっちゃべっても埒が明かない。そうだ、図書館にいくのはどうだ?

 図書館に行けば、その剣の正体がわかるかもしれない。それに、お前がここに飛ばされた理由も」

 マックスはそう提案した。


「図書館、ですか……」


 マックスの言うとおり、ここでああでもないこうでもないといっても、憶測の域を出ないのだ。であるなら、本という知恵を借りるのが懸命であろう。エメラーダは頷いた。


「ただ、図書館はここにはない。『アーデン』にあるんだ」


「え?」

 マックスから聞き馴染みのない言葉が出てきた。エメラーダは首を傾げる。


「だから、『アーデン』だ。ここからだと、だいぶ距離があるがな。オマケに『黒の森』を通らないといけない。まぁ、こっちは話を通せば大丈夫だろう」


 マックスが話したあと、ディーダが声を出した。

「悪かったな。どうせ俺は頭が悪いよ」


 それを聞いたディーダが申し訳なさそうな声を出した。

「別にいいって。頭が悪いのは事実だし。こういうことはディーダの方が確実だ」


 マックスの言動から察するに、どうやらディーダは学があるようだ。尚のこと、言ってることが理解できないのが歯がゆい。エメラーダは強く感じた。


「そうと決まったら、出かける準備をしよう」

 マックスの言葉にディーダは賛同し、両者は荷物をまとめ始めた。


「エメラーダ、お前も行くんだよ」

「私もですか?」


「そうだ。お前の持ってきた剣のことを調べるんだ、剣だけ持ってくわけにはいかないだろ。それに、お前だけ残したら、なにをしでかすかわからないし」


 マックスの最後に言ったことが引っかかった。事実、ここの住民に怪我を負わせているのだ。エメラーダは受け入れるしかなかった。


「僕も行く!」

「お前はついてくんな」

 ロビンの申し出をマックスはすげなく扱った。


「エメラーダから離れるの嫌だよう……僕だってここのことよくわかんないし……」


「ルシエルみたく姿を表さなきゃ、ついてきてもいいが」

「そんな事できないよう」

 ロビンは泣きそうな顔になった。


「私もロビンと離れたくないです!」

 エメラーダも抗議した。


 そのとき、ディーダがマックスに向かって声を出した。マックスとディーダは、しばし話し合う。


「おい、今からカゴを用意するから。お前はその中に入るんだ。いいか、俺がいいと言うまで外に出るんじゃないぞ」


 話し合いの結果、ロビンはカゴの中に入れて連れていくのがいいだろう。そう結論づけたようだ。


「……わかったよ」

 ロビンは渋々承諾した。用意されたカゴの中に入る。


「あのー……なんでロビンを連れていきたくないのでしょうか?」

 エメラーダはおずおずと尋ねた。


「妖精っていうのは、存在そのものが厄介なんだ。姿を表しただけでパニックになりかねん。俺は何故か付きまとわれてるがな。それだって村の連中に知れたら、俺は追放されるかもしれない」


 なぜだかわからないが、ここでは妖精は疎んじられる存在のようだ。


 グレイセスでは、妖精というのは、自然の化身だ。妖精と親しいものは、妖精の力を借りることができるとも言われている。


 そういう訳なので、見えるということはむしろ喜ばしいことであった。この落差に戸惑うしかない。


「ちょっと、いいですか?」

「なんだ」

 エメラーダの質問に対し、マックスはつっけんどんに返す。


「ここでは、妖精は厄介な存在だというのはわかりました。妖精に付きまとわれ……」

 エメラーダは、一瞬、言い淀んだ。


「妖精が付いてると知れたら、ただではすまない。でも、ディーダさんには、そのことを知られても大丈夫なんですね」


「それか……ディーダは、口が固いからな」

 そう語るマックスだったが、心なしか、嬉しそうに見えた。



「ヤノキン、俺の留守中、任せたぞ」

 支度を終え、村を出るときに、マックスはヤノキンにそう言いつけた。


「団長、俺たちも行かなくて大丈夫なのか?」


「アーデンに行くんだ。すぐに帰ってくる。大所帯で出て、ここを空ける方が危ないだろ。半日分とはいえ、準備も面倒だし」


 マックスは、傍らにいる四足獣の手綱を引いた。荷物が乗せられている、いわば駄獣だ。荷物の中には、ロビンが入っていると思わしきカゴが混ざっている。


 その駄獣は灰色の厚い皮膚に覆われている。エメラーダの感覚としては、牛くらいの大きさに見えた。脚は牛よりも太いが。


 グレイセスにも、駄獣はいる。けれど、それらは馬やロバだ。同じような文明レベルなのだろうが、細かなところが違う。改めて、エメラーダには不思議に思えた。それよりも――



「なんだ。ヤノキンになんか用でもあるのか」

 エメラーダがヤノキンのことを見つめていたことを、マックスは見逃さなかった。


「申し訳ありませんっ。ただ……」

「『ただ』なんだ?」

「なんでもありませんっ」


 ヤノキンは茶色一色だが、カシナと同様に牛頭だ。目付きは優しく、温和な雰囲気を醸し出している。ヤノキンもキャトルヘッドか。


 ――何故、ヤノキンさんやカシナさんの言ってることは分かるのに、ディーダさんの言ってることが分からないのだろうか? ――


 エメラーダは、こんなことを考えていたのである。


「とにかく、黒の森に行くぞ」

こう言うと、マックスはヒガンナを出て行った。エメラーダとディーダも後からついていく。


 こうして、エメラーダはマックスとディーダと共に、『黒の森』へと向かった。

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