第5話 ヨグソー②
「では、ヨグソー畑に行きましょう」
カシナはエメラーダに微笑みかける。エメラーダは、それを不思議そうに見ていた。
「どうかされましたか?」
カシナは首を傾げる。
「カシナさん? でしたよね。ミノタウロスなのに、仰ってることがわかるのが不思議だな、と思いまして……」
エメラーダは、バツが悪そうに答えた。
「トーカーであるなら、言ってることはわかるとは思いますけど……でも、服装を見る限りでは、遠いところから来られたようで。それならば、言葉がわからないということはあるかもしれませんね。
それと、ミノタウロスとはなんでしょうか?」
カシナは穏やかに返した。
「申し訳ありません。変なことを聞いて。では、お願いします」
――これ以上話しても、どうにもならなさそうだ――そう考えたエメラーダは、食堂の出口に向かって歩き出した。それを見て、カシナも続いた。
「それと、ミノタウロスですけど。カシナさんのような方を私たちのところでは、そう呼ぶんです」
エメラーダは、歩きながら、先程のカシナの疑問に答えた。
「そうなんですね。私たちのところでは『キャトルヘッド』と呼ばれていますが……」
キャトルヘッドか。同じ種族であっても名前が異なれば、随分と違った印象を受けるな。エメラーダはそんなことを考えた。
もっとも、ミノタウロスはグレイセスでは人喰いの怪物として恐れられているが。
そのあと、カシナに決まり悪そうに名前を尋ねられたので、エメラーダは簡単に自己紹介をする。
エメラーダとカシナは、目的地に着くまで、話を続けた。
「ヨグソーというのは、畑で取れるのですか?」
エメラーダは歩きながら質問する。
「はい。木になっているのですが、それはそれは大きな実で」
カシナはニコニコしながら答えた。
「申し訳ありません。ところで、ここはなんというのでしょうか」
ここでエメラーダは、集落の名前を聞いていなかったことを思い出した。
「ここは、ヒガンナといいます」
「ありがとうございます。ヒガンナ、ですか」
ヒガンナは周囲が森に囲まれた、いわば寒村か。そう判断したのは、高層建築がないからである。
道沿いに民家らしき建物がポツポツと建っている。主な素材は石材だろうか。だが、石と石の間に、肉のようなものが挟まっており、それから血管のようなものが浮き出ていた。
「えーと……家壁の間に挟まっている? 肉のようなものは……」
エメラーダは、恐る恐る尋ねる。
「ネチョ材というそうです。石を積む時にネチョ材を間に挟んでおくと、上手いことくっついてくれるそうです……ごめんなさい。私、建築のことはよく分からなくて」
カシナは申し訳なさそうにしていた。
またしても、聞いた事のない言葉が出てきた。エメラーダのいたグレイセスとは、見た目からして明らかに異なるのだ。だから未知の素材が出てきてもおかしくはない。
それにしても、建築物でさえこれなのだ。畑にはどんな風景が広がっているのか。エメラーダは嫌な予感がした。
「ここが、ヨグソー畑です」
カシナが言うと、エメラーダは前方を見上げる。
ヨグソー畑は、広大な平原のように広がっていた。畑一面に様々な大きさの木が立ち並んでいる。
しかし、エメラーダには、それが木に見えなかった。
赤黒い木肌は、皮が向かれ、筋肉がむき出しになっているようだ。枝節はねじれており、複雑骨折しているようにも見える。
枝には大小異なる実がなっているものの、そこには葉らしきものが見られない。それが余計に木を不自然なものに見せていた。
「こ、これが、ヨグソー?」
エメラーダは、戸惑い気味にカシナの方を向いた。
「はい。ヨグソーがなっている木です」
カシナは笑顔で答えた。
先程から農民たちが忙しなく働いている。農民もまた例にもれず、様々な姿をしている怪物である。実を穫っているので、今が収穫の時期なのだろうか。
「よかったら、畑の中に入ってみますか?」
「ご親切に、ありがとうございます! でも、皆様、お忙しいのではないのでしょうか?」
エメラーダがこう言ったのは、カシナの提案をやんわりと断るためだ。好奇心がないわけではなかったが、それ以上に恐怖心が勝ったからである。
「大丈夫ですよ。いつでも収穫できるものなので」
いつでも収穫できる。どういうことだ。エメラーダは理解が追いつかない。
「カシナか。今日は収穫当番だったか?」
農民がカシナに声をかけた。
「いえ、今日はお客さんに畑の様子を見せたいと思いまして」
カシナはエメラーダを紹介した。農民は、エメラーダに対し、不可解な面持を浮かべる。
「マックスさんから聞いたぞ。こいつ、クッコを切ったそうじゃないか。幸い、命は助かったが」
昨日のエメラーダの蛮行はヒガンナ中に知れ渡っているようだ。エメラーダは申し訳なさのあまり、身を縮こまらせる。
不信感を露にする農民に対し、カシナは事情を説明した。
「お前は本当に優しいなぁ」
農民は半ば呆れた様子で、カシナの話を聞いていた。
「おい。カシナになんかしてみろ。その時は頭をかち割るからな」
農民はエメラーダを睨みつけると、仕事に戻った。
「あのー、私はここにいてもいいのでしょうか……」
エメラーダは弱弱しく質問する。
「だから、誤解なんですって。皆さん、きっとわかってくれますよ」
カシナはなんとかして、エメラーダを慰めようとした。
「そんなことより。中に入ってみましょう」
カシナが先に畑の中に入る。
「どうしました?」
カシナが後ろを振り返った。ついてこないのかと言わんばかりに、エメラーダを見つめる。
エメラーダは、まだ恐怖心があった。だが、真っ直ぐな目で見られているうちに、断るに断れなくなってしまった。エメラーダは、意を決して畑の中に入ると決めた。
「これが、ヨグソーです」
カシナは木の枝を指し示した。枝には実がなっている。
大きさはクルミ程だ。
色は木と同じように赤みがかっている。しかし、実の方がより鮮やかだ。まるで心臓のようだ。
木の実であるにも関わらず、どくどくと脈打っている。それが余計、心臓を思わせた。心臓というには表面がボコボコだったが。
「この実、心臓みたいに、脈打ってませんか?」
エメラーダの指摘を受けて、カシナは枝についている実を見た。
「ヨグソーは収穫しても、すぐに実がなるんですよ。そして、一晩のうちに、エメラーダさんの頭ほどの大きさになります」
脈打っているように見えるのは、猛スピードで成長しているためか。
――こんなところにはいられない。一刻も早く、元に戻らなければ。
エメラーダは、決意した。
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