第27話 疑念②
「――あの時は、ああ言いましたけど。確かに、時空の歪みはどうにもならなさそうですね……」
屋敷に戻ったエメラーダは、ひとり、部屋の中で考え事をしていた。
<でも時空の歪みとかいうのをなんとかしないと、また化け物が出てくるかもしれないよ>
「ロビン?」
ロビンの声が、頭に響くように聞こえてきた。エメラーダは驚いて周りを見回したが、姿は見えず、気配もない。
<僕は、エメラーダの心に話しかけているんだ>
「心というのは……」
<僕が短くなったのは、他の者に目につかれないためでしょう。僕が直接声を出すのはまずいのかなと思って>
「なるほど。それでロビンの声が頭の中で響くようになったのですね」
エメラーダは納得した。
<でもさ、ラプソディアでは堂々としてたよね 。どうしてここではコソコソしなきゃいけないのさ>
「申し訳ありません。ロビン。これには理由がありまして」
謝ったあと、エメラーダはこう続けた。
「蒼き剣にはとてつもなく大きな力があります。それを知られたら、悪用される恐れがあるからです。カレドニゥスでは蒼き剣のことは知られていない以上は、目につくようなことは避けた方がいいのかなと思いまして」
<そうだったのか……ここでこんな話をするのはあれだけどさ。ヌイグルミをやっつけた時のエメラーダ、楽しそうだったけど……>
ロビンはヌイグルミを討伐した時の、民衆の異様な高揚感を思い返していた。エメラーダもまた、民衆と同じような顔をしていたことも。
「それがどうしたのですか?」
ロビンの言い方に引っかかるものを感じたのだが、果たしてそれは何なのか。エメラーダはピンと来なかった。
<ヌイグルミはお家を壊すっていう悪さはしたよ。踏んづけられたら死んじゃうかもしれないよ。
でもさ、ヌイグルミだって好きで暴れたわけじゃないでしょ。本当はアナセマスに帰りたかったんじゃないの。殺しちゃうのは仕方がないかもしれないけどさ。それを皆で喜ぶなんて……>
エメラーダにしたら、ヌイグルミは街を破壊する怪物だ。エメラーダだけではない。グレイセスの人間であるなら皆そう思うだろう。
だが、ロビンはそうではない。ロビンにしたら人間とヌイグルミの別もなく、等しく同じ命なのだ。
エメラーダは考え込んだ。
<なんかごめんね。蒼き剣の話をしてたんだよね>
ロビンは謝った。エメラーダが無口になっていたからである。
「いいのです。ロビンの言うことも、もっともですから。それで、蒼き剣ですね? なにか気になることがあるのですか?」
エメラーダは話を戻した。
<蒼き剣って元々はアナセマスのものだったんだよね? 蒼き剣が救う世界というのはグレイセスのことだ。なんで、アナセマスのものが、グレイセスを救うっていう
ロビンは唸った。
「私も気になります」
エメラーダも唸った。
「気になっていることが、もう一つ」
<なぁに?>
「ラプソディアに現れたヌイグルミを倒したという話です。ここに来てからは、クラウディオ様にしか、話していないんですよ」
<そうなの? みんな知ってるみたいだったけど>
「そうなんですよ……」
エメラーダの顔が曇った。心に、ある疑念が湧いてきたからである。
<そ、そんなすごい話だったら、いつの間にか広まっててもおかしくないと思うよ。だってものすごい大きな怪物をやっつけたんだから>
エメラーダの胸中を知ってか知らずか、ロビンは取り繕うような言い方をした。
「そ、そうですよね」
エメラーダは、胸に去来した疑念を払拭せんと努める。
「エメラーダ」
クラウディオがエメラーダの名を呼びながら、部屋の中に入ってきた。
「クラウディオ様!」
ロビンとのやり取りを聞かれたのか? でも、ロビンの声はクラウディオには聞こえないはずだ。
――はたから見たら独り言を話しているようにしか見えない。それはそれで、不審に思われるかもしれない……エメラーダの頭にこんな考えがよぎった。
クラウディオの様子を見ると、いつも通りだ。エメラーダは、一安心した。
「あなたは今日、屋敷を出て、復興現場に向かった。という話を耳に入れたのですが」
「その事ですか……私がそこに向かったのは、いてもたってもいられなくて……」
復興現場に向かったのは、エメラーダの独断で決めたことだった。
「あなたは優しい人ですね。私は、自分の立場をわきまえて、行動すべきだったと思いますよ」
「出過ぎた真似をいたしました。申し訳ありません」
エメラーダは、頭を下げた。
「頭を上げてください。むしろ、あなたの優しさを嬉しく思います。ありがとうございます」
クラウディオは、エメラーダの行動を咎めなかった。かえって、優しい眼差しを向け、感謝の言葉を述べる。
エメラーダはそんなクラウディオの優しさに、かえっていたたまれなくなってきた。
「それに、あなたは既に無茶をしておられます。あの怪物に単身で立ち向かうなど」
「そうでしたね……」
なにせ、兵士達の制止を振り切ってまでやったのだ。
もしかしたら、この優しさは「エメラーダは何を言っても聞かないだろう」という諦念から来ているのかもしれない。
夫であるクラウディオを失望させてしまった。エメラーダはそう見なした。
「申し訳ありません……」
エメラーダは俯き、再度謝る。
「だから、謝らないでください」
クラウディオは、俯いているエメラーダの手を取った。
「私は、あなたの勇気に心を打たれたのです。あの時のあなたは輝いていた」
期待に満ちた眼差しを、エメラーダに向ける。
「は、はぁ」
クラウディオが向ける眼差しに、エメラーダはつい、ひるんでしまう。
「エメラーダ、あなたは優しい。それだけではなく、私にはない勇気を持っている。
……そして、あなたには力がある! その力を持ってすれば、あなたは世界を統べる王になれるのだ!」
クラウディオは真っ直ぐな目でエメラーダを見据えた。
その真っ直ぐな目に、エメラーダは狂気の色を見たような気がした。
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