第34話 マーリン②

「グレイセスにはこのような伝説がある。――神は世界を創造したあと、一組の男と女を創った。女は男を支えるために創られたが、女は、それをよしとしなかった」


「はぁ」

 マーリンの口から語られる創世伝説に対し、マックスは適当な相槌をうった。


「神は女を追放し、新たに助け手となる別の女を創り直した」


「それはそれで、ひでぇ話だ」

 マックスは、いつの間にか聴き入っていた。エメラーダ達も真剣な顔で拝聴している。


「追放された女は、混沌に落とされた。女はそこで、混沌の勢力を味方につけることに成功した。だが、混沌に女は住まうことができなかった。そこで女は、新たなる安住の地を求め、さ迷った」


 マーリンは、話を続ける。


「女は、ついに安住の地を探し求めた。だが、その地は混沌により、荒みきっていた。そこで女は、彼方より無知蒙昧で盲目の造物主を呼び寄せる。造物主の力を使い、世界を再構築したのだ」


「えーと、混沌がどうたら言ってたが。それであの女は、自分のことを『混沌の主』って名乗ってたのか?」

 マックスが質問する。


「私はこの地の伝説についての話をしただけだ。そなたの言う『あの女』のことはよく知らぬ」

 マーリンはしたり顔で答えた。


「なんなんだよっ。ダラダラと長ったらしい話をしておいて『よく知らぬ』はねぇだろ」

 マックスは、マーリンのしたり顔に苛立った。


「話を聞くかぎり、ここグレイセスと我らのアナセマスには、因縁が少なからぬある、ということになるのか?」


 今度は、フォレシアが質問した。苛立っているマックスとは対照的に、フォレシアは冷静である。


「そうとも言えるかもしれぬ。もっとも、今しがた起こっていることと関係があるのかどうかは別の話だが」


「俺ちゃんからも質問があります」

 ヘッジが勢いよく挙手をした。


「マーリンちゃん、『友と魔術の研究をしていた』って言ってたでしょ。友ちゃんってどんな感じなの?」


 ヘッジにこう質問されたとき、マーリンの顔が曇った。

「友か……」


「あれ? マーリンちゃんどうしたの? まずいこと聞いちゃった?」

 ヘッジの調子は軽いものだったが、どことなく気まずさを漂わせている。


「その者は……私にとってかけがえのない存在であった。私の半身と言ってもいい。もっとも、向こうはどう思っているのかわからんがな」

 マーリンは俯いて、語り始めた。


「なんか、意味ありげだねぇ。よかったら、お話してもらっていい?」

 ヘッジは、それとなくせがむ。


「そうだな……。そなたらになら、語っても問題ないだろう」

 マーリンは、意を決すると、静かに語った。


「友の名はヨランダ。私がヨランダと出会ったのは、40年も前のことになるのか……」

 マーリンは、目線を遠くの方に向ける。


「私はヨランダと共に、魔術の研究をしていた。ある日、我らは混沌を発見した。発見したのはいいが、当時の我らには、手に負えるものではなかった。そこで、混沌を封印することにした」


「封印ですか……混沌は、それほど危険なものなのですね」

 エメラーダは、神妙な面持ちで呟く。


「そうだ。怪物が跋扈している今のドラフォンを見れば分かろう」


「今の状況と混沌には、なにか関係があるのでしょうか」

 エメラーダは続けて尋ねた。


「率直に言おう。混沌とは、アナセマスのことだ。世界を再構築した際、同時に混沌の主が誕生し、アナセマスに君臨するようになったのだ。以来、アナセマスは混沌そのものになったといっても過言ではない」


「やっぱり俺たちが悪者ってことじゃねぇのか」

 マックスは、いてもたってもいられなくなった。


「いやいや、そうではない。誤解を与えたのなら、申し訳ない。何者かが、グレイセスとアナセマスを繋げた。それが今の騒動の原因だ」


「なるほどねー。それが、時空の歪みの原因ね」

 ルシエルが納得したように言った。


「そのグレイセスとアナセマスを繋げた『何者か』ってのは、誰なんだ?」

 マックスが尋ねる。


「アナセマスのことは、私とヨランダだけの秘密だ……」

 マーリンは、苦い顔をした。


「ヨランダちゃんが、誰かに言いふらしたってことは?」

 ヘッジがフォローするように言う。


「ヨランダのせいであることに変わりないだろう。フォローになってないぞ」

 フォレシアがすかさず突っ込んだ。


「いや、ヨランダならやりかねぬ。なにせ、そうするだけの理由がある」

 マーリンは沈痛な面持ちで、こう答える。


「先代のロニ王の怒りを買ったことと、関係があるのですね?」

 エメラーダが口を挟んだ。


「そうだ。ドラフォンで魔術師として名を馳せていたときだ。ある日、我らは、ロニ王の召命を受けた」


「ロニ王が、マーリンさんたちを呼び出したのですか? それは、何故でしょうか」


「どうやら、魔術に強い関心があったらしいのだ。ウォノマ王国に参った我らは、そこでも研究を続けた。王も協力を惜しまなかったので、随分と捗ったものだ」


「それなのに、なぜ追放など……」

 エメラーダは、首を傾げる。


「ヨランダは、王の寵愛を受けていたのだ。それを妬ましく思ったものが、我らに対しあらぬ噂を吹き込んだ。『奴らは王国の破滅を目論む魔女だ』などとな」


「えぇ……」

 それを聴いたエメラーダは、言葉を失ってしまった。


「しかし、王はそのような噂は一蹴していた。我らを信じていたのだ。『ヨランダとマーリンは、国の発展に力を尽くしたのだ。噂は、根も葉もない』と。……しかし」

 マーリンの表情は、ますます暗くなる。


「突然、第一王子が亡くなったのだ」


 エメラーダは、息を飲んだ。


「この出来事が、根も葉もない噂の根拠となってしまった。王は我らを疑い、追放したのだ。ヨランダは、王に嘆願したが、聞き入れて貰えなかった」


「そんな……」

 エメラーダは、絶句してしまった。


「追放ですんでよかった。今ならそう思うがね。魔術というものは、手に負えぬ力を扱うもの。そんな魔術をよく思わぬものも、少なくないからな」

 マーリンは嘆息する。


「追放となった我らだったが、ヨランダが共にいればなんとかなる。私はそう思っていた。なのに、ヨランダは、私の元を去ってしまったのだ。以来、行方はようとして知れず、だ」


 その場に、沈黙が訪れる。一同は、なんと言っていいのか分からなくなったからである。

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