第22話 婚姻①

 ――ラプソディアが植物とヌイグルミの襲撃を受けたが、エメラーダがそれらを撃退。街の復興も粗方進んだあと――


「お父様、お母様、兄様、今までお世話になりました」


 エメラーダは家族に向かって、恭しく頭を下げる。身にまとっている衣装も、いつもより格式のあるものだ。


「ああ……エメラーダよ、幸せになれよ」

「元気でな」

「エメラーダ、体に気をつけるのですよ」


 そこにいたのは、ロベルトとファビオ、それからソーディアン家の侯爵婦人であり、またエメラーダの母であるアンナだ。

 ソーディアン家一同は、エメラーダの晴れ姿であり、そして最後の姿を見届けた。


「ラプソディアの復興が滞りなく行われているとはいえ、大変な状況には変わりありません。なのに、私はここから離れてもいいのでしょうか?」

 エメラーダは、心境を吐露する。


「何を言っておるのだ。民こそ、この結婚を祝福しておる。それに婚姻関係を結べば、ブケンツァ家からの援助も受けられよう」

 ロベルトは、エメラーダを励ました。


「はい! ありがとうございます!」

 馬車が、城の前に停まっている。エメラーダがそれに乗ると、走り出した。


 ラプソディアの住民は、エメラーダを見送るために外に出ていた。

「エメラーダさまぁー!!」

「お幸せになってくださーい!」


 街を救った英雄がこの地を去ることに不安を覚えるものもいなくはなかった。それでも、多くのものはエメラーダの結婚を大いに喜んだ。


「皆さん、本当にありがとうございました!」

 エメラーダは笑顔で手を振った。

 住民はエメラーダを乗せた馬車が見えなくなるまで、手を振っていた。


 この日、エメラーダは、ラプソディアを離れた。


 かねてより決められていた相手、クラウディオの元に嫁ぐ為である。馬車は、隣国のカレドニゥスへと向かった。



 ***


 馬車にはマックスが護衛として乗っていた。フォレシアもヘッジも同乗している。


 何故、彼らが乗っているのか。それは、エメラーダが「護衛として、彼らを連れていきたいのです」と、ロベルトに頼み込んだからである。


「蒼き剣を持っていくことにしたんだな」

 馬車には、鞘に納められている蒼き剣が置いてあった。


「はい。私が預かることになりました」


 蒼き剣の扱いについて、エメラーダはロベルトとファビオと話し合った。結果、持ち出すことが許されたというわけだ。これにはロビンが蒼き剣の妖精になったという事情もあるのだが。


「蒼き剣のことですけど、カレドニゥスに到着した際は、一旦メイドの方に預けようかと思いまして。蒼き剣を所持した状態でクラウディオ様に会うのもおかしいような気がしますし」


「そうか」


「それと、蒼き剣のことを知られたら良くないことが起きるような気がして。ロビンのこともありますし……クラウディオ様のことを信用していないという訳ではないのですが」


「いや、クラウディオってやつのことはよく知らないんだろ。むしろ疑ってかかるくらいがちょうどいいんじゃないか」


 エメラーダは、これから伴侶となろうものに不信感を抱くような真似をするのはどうだろうかと考えていた。


 それに対して、マックスは「疑ってかかるくらいがちょうどいい」と言った。


 マックスの発言は、お世辞にも褒められたものではない。というのも、貴族の婦人はいかなる時でも主人に仕えなければならぬからだ。

 でも、エメラーダは安心感を覚えてしまった。


「ありがとうございます、マックスさん」

「ありがとうなんて言われる覚えはないけどな」


「それに……」

 エメラーダには、もうひとつ懸念点があった。


「嫁入り道具が剣なんて、おかしいですよね」

 エメラーダは自嘲気味に話す。


「ヨメイリ道具、ねぇ」

 マックスは腕を組みながら言った。

「そもそもヨメイリってのがよくわかんねぇんだけど」


「それは、どういう……」

 マックスから思いもよらぬ言葉が出てきた。エメラーダはどういう反応をしていいのかわからない。


「そういえば、ディーダはニンゲンとかいうクリーチャーにはケッコンっていう風習があったとか言ってたな。なんでも、二体のニンゲンがひと組になって死ぬまで一緒に暮らすとかなんとか」


「アナセマスには結婚がないのですか?」


「いや、あるとこにはあるらしいな。ただヒガンナはわざわざそんなことしねぇんだよ。子供が産まれたら祝うけど」


「そうなんですか……」

 これから嫁ぎ先に向かうというのに、そもそも結婚という風習がないという話を聞かされた。エメラーダは困惑する他なかった。


「エメラーダが困ってるじゃないの。本当に気が利かないわね」

 ルシエルがマックスの隣に現れて呆れたように言った。


「知らねーよ。別に困らせるようなこと言ってねーし」

 マックスはぶすっとした。


「ヒガンナには結婚の風習がないのはわかりました。では愛する方と二人で暮らすということはしないのですね?」


「いや……好きなやつと一組みになってるのはいる……けど……」

 エメラーダの質問に対して、マックスは狼狽していた。


「マックスちゃん、顔が真っ赤だよ」

 狼狽うろたえ、赤面しているマックスを、ヘッジが茶化す。

「黙れ!」


「マックス。ディーダに思いは伝えたのか。このままでは、長と添い遂げることになるぞ」

 フォレシアがぽつりと呟く。


「それだけは勘弁してくれ! あいつと一緒になるなんて」

 マックスは頭を抱えた。


 ――いつもは厳しい態度を取っているのに、好きな人に対してはどうしていいのかわからない――。

 マックスの慌てふためく様を見て、エメラーダは「ふふふ」と笑った。

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