第23話 婚姻②

「エメラーダ様、到着いたしました」

 御者の声を聞いて、エメラーダ達は外に降り立った。

 門の前に立っていた使用人に連れられて、一同は屋敷の中に入る。


「よくぞ参られました。エメラーダ殿」


 謁見室に案内された一同は、屋敷の主人に迎えられた。


 髪はヘーゼルブラウンで、髪と同じ色の瞳を持っている。均整のとれた体躯による身のこなしはエレガントであり、気品が漂っていた。


 主人はエメラーダに手を差し伸べた。エメラーダはその手を取り、握手をする。


「エメラーダです。よろしくお願いします。クラウディオ様」

「こちらこそ、よろしく頼みます」

 エメラーダとクラウディオは互いに微笑みあった。


「さあ、まずはおかけください」

 エメラーダは促されるまま、椅子に腰掛けた。


「そちらの方達は?」

 クラウディオは、エメラーダの後ろに立っていたマックス達を見る。


「私の護衛です。元は私の父の元にいたのですが、私が無理を言って連れてきてしまいました」


「左様ですか。信をおかれているのですね。そのようなものがいれば心強いでしょう……ただ、部屋は別々でよろしいですか?」


「そりゃ新婚ホヤホヤだもんな。部屋に部外者なんぞ入れたくないよな」

 マックスは毒づいた。


「生憎、現段階では正式に籍を入れておりません。私とエメラーダ殿とも部屋は分けることにします」

 クラウディオは、マックスの嫌味にも笑顔で返した。


「長旅の疲れもあるでしょう。今日はゆっくりとおやすみください」

「お気遣い、ありがとう存じます」

 エメラーダは一礼した。


***


 クラウディオと別れたあと、エメラーダは案内された部屋の中に入った。


「蒼き剣をお持ちしました」

 同行していたメイドが、蒼き剣を手渡した。エメラーダは「ありがとうございます」と言いながらそれを受け取る。


「クラウディオってどんな人?」

 再会して早々、ロビンはクラウディオについて尋ねる。


「そうですね。お優しい方、という印象を受けました」

 エメラーダは第一印象を率直に述べる。それを聞いたロビンは「よかったぁ」安堵の声を漏らした。


「そうですね……でも……」

 エメラーダは言い淀む。

「どうかしたの?」


「いえ、『優しすぎるというのも、それはそれで貴族としてはやっていけないぞ』と、お父様が仰っていたことを思い出しまして……」


「そうなの? 僕としては優しい方がいいんだけどなぁ」


「きっとお父様は、クラウディオ様を気にかけていたのだと思います。だから、お厳しめなことをあえて仰ったのでしょう」


「人間って、よくわかんないなぁ」


「……ロビン、少し、よろしいですか?」

 エメラーダは真剣な面持ちで話を切り出した。


「ん? いいけど、何の話?」

「……実は、姿を変えることができないか? と思いまして……」

「姿を変えるって、どういうこと?」


「私は、蒼き剣をいつも手元に置いておきたいのです。ですが、今の姿ですと目立ちすぎるから、常に持ち歩くのは難しいのかな、なんて……申し訳ありません。無茶なことを言って……」


「うーん」

 ロビンは唸った。


「わかった! できるかどうかわかんないけど、やってみるよ」


「ありがとうございます」

 ロビンの快い返事に、エメラーダは感謝の意を表した。


「えーい!」

 ロビンは掛け声をあげた。刀身が淡く輝くとともに、短くなる。

 刀身が短くなったので、柄頭に目玉が移動する。そして、鍔が蝶の羽に変わり、蒼き剣はナイフになった。


「すごいです! これなら人目につかず、持ち歩けます」

「僕もびっくりだよ。でも、役に立ったならなによりだ」


「ふあーぁ……ごめんなさい」

 エメラーダは欠伸してしまったことを詫びた。


「疲れてるんだよ。今日は早く寝よう」

「それでは、そうします。ロビン、おやすみなさい」

 エメラーダは寝台に上がり、眠りについた。



***


 ――エメラーダがラプソディアを発ち、カレドニゥスに着いてから幾日後。

 エメラーダとクラウディオの結婚式が執り行われた。


 エメラーダは純白のドレスに身を包み、花嫁としての美しさを際立たせていた。エメラーダの隣にいるのは、クラウディオだ。

 誓約の後の宴会は大勢の招待客が参加し、盛大に行われた。


「マックスちゃん、今仕事中だよね?」

「お前こそ、口に入ってるのはなんだ」


 マックスとヘッジは護衛任務の最中である。その合間を縫って、出されている食事に手をつけていた。


「……ここに出てるのは肉ばっかりだな」

 マックスは卓に並んでいる料理を見て呟いた。


「フォレシアちゃんは自分は食べないって言ってたけど、正解だったね。これ見たらブチ切れそうだもん」


「お前はなんとも思わないのか?」

「なにが?」


「俺が肉を食う時はやむを得ないときだ。でも、この食卓を見てみろ。結婚式の宴会だというのに肉が並んでいる」

「そうだね」


「そうだね……て……」

 マックスはヘッジが気にも止めてない様を見て、苛立ちを覚えた。


「だって、ここにはトーカーがニンゲンっていうのしかいないんでしょ。ニンゲンしかいないってなったら、それ以外のクリーチャーの肉を食うことに抵抗がないんじゃないの。


 それに、マックスちゃん。なんだかんだいってるけど、ここに出てる肉食べてるじゃないの」


 マックスは釈然としなかったが、返す言葉もなかった。



***


 宴会の後、エメラーダとクラウディオは二人きりになっていた。


 エメラーダは花嫁衣装を身にまとい、結婚の誓約までした。にも関わらず、自分が妻になったという自覚が持てなかった。


 結婚を決めたのは互いの両親である、というのもある。それに加えて、クラウディオの人となりをよく知らないからである。


(これから、どうなるのでしょう……)

 エメラーダはクラウディオを見ていた。エメラーダの目に映るクラウディオは穏やかで、誠実そうに見える。


「クラウディオ様」

 エメラーダはクラウディオを呼んでみた。

「なんでしょうか?」


 クラウディオはエメラーダを見ていた。その場はしばらく沈黙に包まれる。エメラーダは何となく気まずさを覚えた。


(こんなで……大丈夫でしょうか……)

 エメラーダがこんなことを考えているのを知ってか知らずか、クラウディオはこんなことを言い出した。


「私達は、お互いのことをよく知りません。ですが、夫婦になったのです」


 クラウディオはエメラーダの手を握った。

「でも、時間はたっぷりとあります。お互いのことを知るのはこれからでもよいでしょう」


 自分のことを見つめるクラウディオに、エメラーダは思わずドキリとした。

「そうですね。私もクラウディオ様のことを知りたいです」


 クラウディオと結婚したのは悪いことではないな。エメラーダはそう感じた。

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