オマケ ある死人の物語

第51話 毎夜たずねてくる者は?



 旅立ち初日。

 レクシアの村の娼館カエルムから旅立って、竜の神殿のある山頂をこえる。

 尾根ぞいに進むと、そこが国境だ。新興のドルドーバ国。錬金術が盛んだという。


 だが、まだその山の中腹で、日が暮れた。竜の神殿で敵に襲われて時間を食ったせいだ。それに、冬山は天気がよくても旅むきではない。


「困ったなぁ。コルヌ。こんなところで夜になったぞ。どうする?」

「野宿かな? 朝までに凍え死にそうだ」

「いくらなんでも、この寒空に野宿はできないな。レクシアより、こっち側のほうが雪が深い」

「ドルドーバは北の国だから」


 そもそもドルドーバをめざそうと考えたのは、単に錬金術がおもしろそうだからだ。とくに意味はない。


「どうせ行くのなら、平地からがよかったかな?」

「でも、それだと、山すそをまわりこむから、エングレイの国境を通らなければならない。十日は遅れるよ」


 これまで、ケルウスは一人旅だったから、野宿も平気だった。けっこう寒いのには強いほうだし、神の化身のせいか、丈夫で風邪ひとつひいたことがない。


 しかし、これからは自分だけじゃない。どこへ行くにもコルヌがついてくるという事実を失念していた。毛皮のマントにくるまりながら、寒そうに肩をふるわせているコルヌを見ると、なんだか、とてつもない無体を押しとおしている気分になるのだ。


 コルヌはコルヌレクスにも似ているが、女性的なせいか、それとも長い白銀の髪のせいか、コルヌレクスの次の極管理者である未来さきの女神キュグヌスフィーリアを思わせる。


 きっと、ケルウスがコルヌを可愛くてしかたなく思うのは、そのせいだろう。

 キュグヌスフィーリアはコルヌレクスの恋人だ。幻視によって、次の神が誰なのか、管理者は知っている。生涯かけて愛するただ一人の女である。


「おまえに雪のなかで眠れとは言わないよ。どこか、洞穴でもないかな。たき火をたいて暖をとるのに」


 すると、コルヌがまっすぐに白い指を伸ばした。


「あれは火じゃないか?」

「どれ?」


 見ると、たしかに遠くに赤い火がチョロチョロまたたいている。


「火だな。行ってみよう。まだ歩けるか? コルヌ」

「壁がある場所で寝られるなら、なんでもいいよ」


 文句を言わないロバをつれて、吹雪のなかを歩いていく。木立のむこうに人家を見たときは心がおどった。


「家だ! 助かった」

「炭焼きの家なら暖炉があるだろうな。初日から凍死しなくてすんだね。ケルウス。砂をあっためる鉄板があるといいな」


 ところがだ。ようやく、雪をかきわけてたどりついた家の戸をたたくと、この日の冷気より冷たい対応を受けた。


「山の途中で日が暮れてしまったんだ。お礼はするから一晩泊めてくれないか」

「イヤです」

「決して怪しいものではない。山賊などではないから」

「イヤです」

「そこを頼む。おれは吟遊詩人のケルウス。つれはコルヌという絶世の美青年なんだ」

「……」


 やっと扉がひらいた。それもほんのわずか、恐る恐ると言ったふうで。


 ケルウスは自分が美男だという自覚はある。コルヌにいたっては、それこそ完璧な美貌だ。少し中性的ではあるが。ひらいた扉のすきまから、ここぞと顔をのぞかせる。


「頼む。おれはともかく、つれは育ちがよいので、このままでは凍え死んでしまう。家畜がいるな。納屋でもいいから休ませてくれ」

「……」

「ケルウス。私は暖炉のあるところがいいよ」

「おまえは黙ってろ」


 言いあっていると、やっと扉が大きくひらかれた。が、急いでなかへひきずりこまれる。ロバもいっしょだ。


「ありがとう。助かった」

「ケルウス。暖炉だ。火って、あったかいなぁ」


 まっすぐ暖炉にむかっていくコルヌはほっといて、ケルウスは迎え入れてくれた家人を見なおした。

 四十代くらいの夫婦と、十六、七の娘だ。あきらかに木こりの一家だ。猟師もかねているだろうか。壁に大弓がかけられている。しかし、どこと言って変わったところのない、ごくふつうの者たちである。

 幻視者であるケルウスは、彼らが基本的に善人であると、魂の色から見てとった。それにしては、雪夜に旅人を放置しようとするとは、おかしなものだ。何かわけがあるのだろうか?


「ありがとう。ほんとに助かった。ところで、なぜ、最初は入れてくれなかったんだ? おれたちが山賊だと思ったのか?」


 たずねると、一家はたがいの顔を見あわせる。ようすがおかしい。


「事情があるのなら話してほしい。泊めてもらうお礼もある。おれたちにできることがあれば力を貸そう」


 すると、父親がポツリポツリと語りだした。それが、とても変な話なのだ。


「じつは、娘のニクスには許嫁がいた。今月の末には結婚するはずだった。相手は近くの炭焼きの息子で、娘とは幼なじみだ。名前をカルボと言った」


 彼の言いかたには少し気になる部分がある。結婚するはずだった、カルボと言った——どちらも過去形だ。


「今は違うのか? 婚約を解消したとか?」

「こっちはそのつもりだが、カルボはまだそう思っていないのかもしれない」

「ふうん。男のほうがしつこくするのか?」


 するとまた、家族は妙な目つきをかわす。困りはてたような顔なのだ。

 父親は続ける。


「カルボは先月、死んだ」


 青年のとつぜんの死。それは悲しい出来事だ。

 ケルウスが悔やみを述べようとすると、それをさえぎって、父親がさらに言う。


「死んだのに、毎晩、たずねてくる」


 今度、顔を見あわせるのは、ケルウスたちの番だった。

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