第28話 願いを吸う魔法
後宮全体を覆う魔法。
とても大がかりで、強力な魔法だ。
幻視——
後宮にかかった魔術の波動が見える。薄緑色のベールのようなものが、あたりじゅうでゆらめいていた。
それは脈動しながら、ふれたものの力を吸っている。
ケルウスやフィデス、その配下の足元にも、この魔法のベールはうずまいていた。しかし、ケルウスたちはほとんど吸収されていない。吸われているのは、変化した魔物たちだ。そこからは青白く燃える力がドクドクと吸いあげられていく。そのたびに魔法の威力が高くなる。
(これは、人間の願いを……欲望を吸って巨大化しているのか?)
変な魔法だ。この魔法じたいが、まるで生き物のような……。
とにかく、このままでは、ケルウスたちはまわりじゅうを変化した魔物に包囲されてしまう。
「フィデス隊長。後宮にやっかいな魔法がかかってる。とにかく、寸刻も早く外へ出よう」
「どうやって? 妖魅にかこまれているぞ?」
二人の会話を聞いていた兵士の一人が、ペタリと床にすわりこむ。
「……もうダメだ。おれたちはここで全員やられるんだ」
マズイと思ったときには、その兵士の姿が変化し始めていた。わあわあと周囲の仲間がうろたえる。
四つ足になり、獣毛が生え、強力な足を持った。狼だ。とても速く走れそう。
狼はハーピーのあいまをぬって走りだすと、闇のなかへ姿を消した。逃げたいと願ったに違いない。
「わあッ! なんなんだ? もうたくさんだ!」
残っている兵士は七人しかいない。彼らも我慢の限界だ。
「もうイヤだ。ここから出してくれ!」
「ダメだ。願うな! 吸われる」
ケルウスが注意したときにはもう遅かった。今度は馬になってかけだしていく。頭だけ人のまま、人馬だ。
(この姿——)
人犬になったスクトゥムによく似ている。
あるいは、スクトゥムもこの魔法にやられたのかもしれない。ひそかに王宮へ帰還し、王に竜の卵を渡そうとしたが、何かを願って、化身してしまった? 案外、ヴェスパーに早く会いたいとでも?
人馬がかけさると、次々と兵士たちは人ならざる者へと姿を変えた。好き勝手に逃げだしていく。それらと巨人、ハーピー、泥人形が殺しあう。あたりは地獄の様相だ。
まだ変化していないのは、ケルウスとフィデスだけになった。しかし、変化の魔法の力が増している。生きる者、いや、死者のそれさえも吸って、倍々に強大になっていく。そのオーラがケルウスには見えた。
(この魔法はまだ未完成なんだ。生贄の欲望を吸って魔力をたくわえ、自ら
いけない。もうすぐ魔法が完成する。
「おい、詩人。おまえ、何が起こっているかわかるのか?」
「人の願望を吸い、変化させる魔法だ。変化した者はそれじたいが生贄となり、魔術の原動力にされる。だから、何も願うな」
「わかった」
ケルウスはフィデスと二人で走った。まわりの魔物たちが勝手にたがいを攻撃しあっているので、逆に逃げだしやすくなった。
すっと、わきを走りぬけたのは、スクトゥムだ。
「スクトゥム。おまえ、やはり、後宮にいたのか」
スクトゥムは襲いかかるハーピーの喉笛をかみきり、顔じゅうを赤くしながら訴えた。
「あの夜、後宮に入ったとたん、おれの体は変化した。魔法にかかったんだろう?」
「……そうだ」
「もとに戻りたい」
「それは……」
たぶん、不可能だ。戻れるのなら、とっくに戻っているはず。この魔法が未完成だからではなかろうか。完成するそのときまで、変化し続け、もとへは戻れない。
なぜなら、彼らは生贄だから。すでに変化した者たちは、すべからく、この魔術に捧げられた者たちだ。
(おそらく、この魔法が完成したとき、生贄はみな死ぬ)
それをスクトゥムに告げるのは酷だろう。
「ところで、スクトゥム。おまえは竜から卵を奪っただろう? 今、それはどこにある?」
「卵は……」
スクトゥムは何かを言いかけた。が、ちょうどそのとき、王の寝所までたどりついた。
フィデスが叫ぶ。
「詩人! 入るぞ」
魔術の波動がいよいよ限界に達しそうだ。もう時間の問題だ。たしかに一刻の
フィデスが体あたりの勢いで扉をひらく。続いて、ケルウス。スクトゥムもついてくる。
王の寝所に一歩入ったとたん、血の匂いが鼻をついた。
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