第47話 邪神の復活
コルヌの美しいおもてに、これまで見たことのない卑しい笑みが浮かんでいた。
「あ、あ、あ……あた……新しい……体……あた、あた……あたしの……」
コルヌの声、コルヌの体だが、それはもはやコルヌではない。ひとめでわかる。このおぞましい空気。腐った汚物のつもった深い沼地から、異臭とともに這いあがろうとする何者か。
「おまえは……」
「あた、あた……し……せ、せ、せ、セル……うれし……からだ、キレイ……」
コルヌの死した肉体に、邪神の魂が宿った。
復讐に燃えても、高貴な輝きを失わなかったコルヌ。その魂を内包することで、外形だけの美しさではなく、あまねく神々をも魅了する清らかな光輝を放っていた。
だが、ひとたび邪神に取り憑かれた今、それが同じ身体かとあやぶむほどのさまがわりだ。端麗なはずの容貌が醜くひきつり、別人に見える。
「ひ、ひ、ひ……ひひ……ひひひ。フヒヒ……ハハ……ふふ、ヒヒヒヒヒ……へへへへへへヒハハ!」
イヤだ。下卑た
「やめろッ! これ以上、コルヌを穢すな!」
せめて今一度、冥府へ送ってやろう。両手で細首をつかみ、にぎりしめる。だが、邪神はまったく苦しむようすがない。首筋にふれる脈は動いていなかった。あくまで、それは死体なのだ。肉体的には死んでいる。そのなかへ邪神が入り、物のようにあやつっているにすぎない。
しかも、ものすごい怪力で、ケルウスはふりはらわれてしまった。
「くそっ。どうすれば……」
心臓をえぐりだせば? それとも首を切り落とせば、邪神は去るだろうか?
それはコルヌの遺体なのに。たとえ形骸にすぎぬとはいえ、その見目をそこなうのはいたたまれないが。
剣を失ったので、レクシアへの帰路の途中でナイフを買っていた。それをとりだし、ケルウスは鞘走る。
「ヒヒヒ。あ、あ、あ、新し……世界。あたしの……遊び場!」
邪神はぎこちないあやつり人形のように手足をバタつかせながら、部屋から逃げだそうとする。
ケルウスは追いかけ、その背中に手をかけた。肩をひきよせ、ふりむかせると、心臓にナイフをつきたてる。コルヌの体を損なう痛みに耐えつつ、刃を回転させる。ひきぬくと、ドロリとかたまりかけた血とともに心臓がえぐりだされた。ふつうなら、動くはずがない。だが、それでも邪神は這って逃げだそうとする。
「やめろ……これ以上、コルヌを——」
このままでは、自分はコルヌの体を寸刻みに切り刻んでしまう。こんな
だが、刺しても、刺しても、ききめが表れなかった。いたずらにコルヌを傷つけるだけだ。
「コルヌ。すまない。すまない……」
「ヒヒヒ」
もうダメだ。どうにも止めようがない。こっちの攻撃がきかない上、邪神は人離れした怪力なのだ。いずれ、ケルウスはふりきられ、コルヌを見失う。いや、ケルウス自身、殺されるに違いない。絶望しかない。
今しも、邪神は変な角度で両腕を伸ばし、背後から追いすがるケルウスをつきとばした。力の入るはずない体勢で、かるくトンとついただけ。なのに、ケルウスはふっとばされ、床になげだされた。意識が遠のく。
(コルヌ……)
目を閉じると覆いかぶさる暗闇に、小さく白い点が見えた。遠い遠い彼方から、コルヌが笑っている。
——歌ってくれ。約束の歌を。私の体は悪い魔法にかけられてしまったが、おまえの歌を聴く耳はある。
そうだ。まだ約束を果たしていなかった。必ず最後まで聞かせると誓ったのに。
ケルウスはナイフをすて、竪琴をかかえなおす。弦をつまびくと、ビンと空気がふるえる。
「神の世の神の庭の花の話。とこしえに咲きほこる一輪の花の語る。その物語。
昔、花が人だったころ。翼持つ竜の神が舞いおり、卵をもたらした。卵は人々を争いへ導いた。
不死の卵。奇跡の卵。王の求める秘宝。王都は欲望の炎に踊る。残されしは夢。幻。竜の神よ。御身の夢はなにゆえ?
古き竜よ。語れ。今一度、尊き御身の魂を。
竜神は花の女神と旅立ち、ただ残る。殺されし神の化身の呪い。晴れることなき血の
今こそ、聞け! 堕ちし神の嘆きを。わが友。わが神がため。捧げる
亡き友よ。わが声の届くかぎり、そなたの魂にやすらぎを。角の王よ。わが友を御身が箱庭の花とせよ。永遠に穢れなき一輪となりて、その物語を語れ。
神の世の神の庭の花の話。とこしえに咲きほこる一輪の花の語る。その物語。
恋よりも甘く、殉教よりも苦く、嵐よりも激しく。その声。その笑み。そなたの思い出よ。黄泉へ離れても、白き翼となりて、この歌を届けよう。神の箱庭へたどりつきし、今は花となりし君へ」
ケルウスの歌声がコルヌの死した身体にも共鳴する。ガラガラと骨の振動する音が響く。
邪神は金切り声をあげた。
「やめろー! その歌をやめろ。耳が痛い。頭が痛い。骨がうずく!」
しかし、まだ邪神は抵抗している。
ケルウスは思いだした。
コルヌから受けとった竜の眼。コルヌレクスとの接点になるはずだ。
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