第5話 神殿へ



 アレの正体がなんなのか。

 竜の出現に関係あるのか。

 できれば、スティグマータから話を聞きたかったが、それは不可能だ。少年は恐怖のあまりか、言葉を失っていた。


 しかし、それよりもおどろいたのは、この館が色子宿ではなかった事実だ。娼館には違いないものの、店にいるのはコルヌをのぞき、すべて女である。


「あら、たいそうハンサムさんじゃない。誰の客?」

「ねぇ、お兄さん。あとで、あたしの部屋にもよってきなよ。サービスしてあげるよ」

「ちょっと、アラネア。ぬけがけしないで」

「あんたの出る幕じゃないよ。セルペンス」


 わらわらと女たちにかこまれてしまった。


「悪いが、おれはコルヌの恋人だ」

「またぁ?」

「いい男はみんな、そう!」


 娼館には五人の娼婦と、二人の少女見習いがいた。見習いは召使いをかねている。どの女もかなりの美人である。王の都にも、これほど質の高い女をそろえた宿は少ないに違いない。ほかは台所女と雑用係。やり手婆。用心棒二人。宿のあるじはグラキエス。


「おやおや。コルヌめ。また勝手に男をひきいれて。まあ、あいつには自由にさせてるんで、かまいません。どうせ、今は商売あがったりなんでね」


 グラキエスはいかにも金勘定の得意そうな、やせぎすの男だ。


「しばらく、世話になる」


 よくは思われていないのかもしれないが、とりあえず、宿泊はゆるされた。

 娼館カエルム。レンガ造りの三階建て。台所は土間。そのかたすみでスティグマータから湯をもらい、体をふいた。


「見て。細く見えても、たくましい」

「若いのねぇ。肌なんか、スベスベじゃないか」

「可愛がってみたいねぇ。コルヌの専用でなけりゃ」


 女たちはまださわいでいる。

 鳶色とびいろの髪に、あざやかな青い瞳。日に焼けた褐色の肌。

 ケルウスは自身が、かなり整っていることは自覚している。一度でもなかへ入りこんでしまえば、こっちのものだ。またたくまに女たちと仲よくなった。


「やあ、しばらく泊まるので、よろしく。あとで歌を聞かせてあげよう」

「きゃあっ。いい男が歌うんだって」

「夜になったら戻るから、そのときに」


 こうしておけば、情報収集がより容易になる。


 女たちをひきつれて戻っても、コルヌは怒らなかった。もっと妬くかと思ったが。それとも、妬いてほしかったのだろうか?


「姉さんたち、全員は部屋に入れないよ。さあ、出て出て」

「だって、あんたばっかり、いい男つかまえて、ズルイじゃないか」

「いい男は金を持ってないんだよ? こっちが養ってやるんだ」

「それでもいいよ。こんだけ男前なら。イヤな客のあと、優しくしてくれるだけでいい」


 にぎやかに食事するあいだ、スティグマータはいっさい、近よらない。パンとハムを手づかみで奪うと、サッとどこかへ走っていった。まったく、なつかない獣だ。


「姉さんたち。おれは吟遊詩人なんだ。古代の神殿に現れた竜を調べに来たんだが、何か知らないか?」

「さあねぇ。竜が来てから、ろくなことないからね。とんだ疫病神だよ」

「ねぇ、ヴェスパー。あんたのいい人、王都から来た兵隊じゃなかった?」

「そうそう。スクトゥムだっけ?」


 みんながその話題で盛りあがるなかで、一人だけ何かにおびえたようすの女がいた。ヴェスパーだ。名指しされて、戸惑ったようすを見せる。


「ここじゃ落ちついて食べれないね。あたし、帰るよ」


 あわてて出ていくようすがおかしい。何か知っているのかもしれない?


 しかし、女たちにひきとめられて、追っていけなかった。あとで話を聞こうと思う。


「じゃあ、行ってくる」

「ああ、いいねぇ。人の男でも、美形がいてくれるって。気持ちの張りが違うよ」

「気をつけてね。ケルウス」

「気をつけて」

「兵隊が文句言ったら、あとで、あたしたちがサービスするって言ってやんな」

「ありがとう」


 女たちに見送られ、ケルウスは娼館をあとにした。

 神殿は山頂だ。今朝は雪がやんでいる。それだけでも嬉しい。ただ、通りにつもった雪はそこここ赤い。

 今朝がた見た遺体の数々を思いだす。あれは人間に成せる技ではなかった。なんらかの超越的な力が働いている。


(竜は古来より神聖な生き物だ。少なくとも、この村の神殿に降臨した竜は。なぜ、人を襲う? いや、それとも、竜の仕業ではないのか?)


 山道の途中で、昨夜すれちがった親子の死体を見た。やはり、逃げきれなかったらしい。野ざらしになって、鳥が集まっている。


 さらに進むと頂上が見えた。遠くからも、神殿がまだほとんど崩れもせずに残っているとわかる。千年も前の建物なら、とっくに崩れていて不思議はないのに。


 ケルウスはそこからただよう不穏な空気を感じとった。あの場所で殺戮さつりくがあった。苦痛の叫びがしみついている。

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