第18話 獣狩り



 ラケルタが説明する。


「ふだんなら、男が王の後宮へ入ることは不可能だ。私でさえ、ゆるされない。だが、本日は特別に獣狩りがある。兵士たちにまじって、後宮まわりの庭までは行ける。そこからさきは、私のつてを頼って、こっそり入れてもらえるだろう」


 そう言えば、殺された女官たちの多くはコイツの愛人だったと、ケルウスは思いだした。いつも、そのつてとやらを使って、忍びこんでいるのかもしれない。


「わかった。頼む」

「つれを見つけたら、陛下がご就寝のうちにぬけだしていくのだぞ。獣を恐れて、女官たちは自分の部屋から出ない。誰かに姿を見られる心配はあるまい」

「了解した」

「ときに、卵は見つかったのか?」

「それはまだだ。通行証で行ける範囲は歩いてみたのだが。すでにウンブラかアクィラが手に入れているのでは?」


 それには、ラケルタは懐疑的だ。


「強大な力を持つ魔術師が不老不死の卵を持てば、どうすると思うか?」

「自分で使うだろうな」

「そう。そして、王位を簒奪さんだつする」

「ああ……」


 言われてみれば、そうだ。もともと力を持つ魔術師が死なない体になれば、無敵だ。たった一人で国じゅうの兵士相手にしたって勝てる。


「おまえはウンブラの恋人だろう? 聞いてはいないのか? ウンブラが王位を欲しているのかどうか」

「ウンブラは誰にも心をゆるさない女だよ。ほんとに愛してるのは自分だけだ」


 それはおまえも同じだろうと思ったが、黙っておいた。ここでラケルタに機嫌をそこねられては困る。


「急げ。日没と同時に獣狩りが始まる」


 ラケルタにうながされ、ケルウスは走った。しかし、竪琴を持ったまま兵士のふりはできない。途中で武器庫によると、そこに竪琴を隠し、かわりに配給の革鎧とかぶとを借りていく。


「おまえは私が知人からあずかった入隊希望者とふれておく。私のそばから離れるなよ?」


 中庭へついたころには、とうにコルヌはいなくなっている。だが、兵士たちはまだザワついていた。


「すごかったな。あんな美形がいるなんて」

「とんでもない美女だった」

「あれ、男だろ?」

「んなわけあるかよ。天の女神様もかくやって麗しさだったぜ?」

「だよな」

「でも、胸がたいらだった。背も高すぎる」

「どっちでもいいよ。あれほどの美形なら、もう一回、見たいなぁ」


 兵士たちが浮かれているので、まぎれこむのはかんたんだ。てきとうに、うんうんとうなずきながら、最後尾につく。武官が何やら大声で言ったあと、隊列は動きだした。


「おや、サッピールス次期侯爵閣下。あなたさまも今宵の作戦にくわわられるので?」

「うむ。気になるので見届けさせてもらうよ。私のことは気にするな」


 後宮へ通じる門の前で、番兵とラケルタがそんな会話をかわす。いつもはここからさきに男は入れないのだろう。


 後宮は背後が山。裏は城壁と一体化した建物で、その周囲三方が石畳の庭だ。ところどころガーデンになっている。見通しが悪い。


「この庭に獣が出るのか?」


 ケルウスはうしろを歩くラケルタに聞いてみた。


「人のような犬のような化け物が出るらしい。私は見ていないが」


 やはり、スクトゥムだ。しかし、スクトゥムこそ、竜の卵を持っていたはず。いったい、それをどうしたのだろう? 今も持っているなら、竜の卵を狙っているのは、スクトゥムではない。あるいは誰かに奪われて、とりもどそうとしているのか? それなら、つじつまはあう。


 獣狩りの兵士たちはガーデンへわけいっていく。後宮の建物のなかまでは入らないらしい。スクトゥムの行方も気にはなるが、それより、コルヌを助けに行かなければ。


 ケルウスはラケルタと目くばせをかわすと、樹木のあいだを探すふりをしながら、獣狩りの一隊から離れていった。

 周囲に誰もいなくなると、急いで建物まで走る。


「こっちだ」


 ラケルタが案内してくれたのは、厨房にある裏口だ。トントン、トントン、トントントントンと、独特のリズムをつけて、ラケルタが扉をたたくと、内からひらく。


「いらっしゃい。ラケルタさま」


 見おぼえのある女官だ。昼間に会った、ラケルタの恋人だという女——ヘルバだ。


「おお、君に会いたくて来たよ」


 などと、調子のいいことを言っている。


「ラケルタ。おれはコルヌをつれもどしに行く」

「王の寝所は最奥のまんなかだ。もしものときに外へ逃げだす秘密の扉が奥にある。そこから逃げだすといい」

「わかった。ありがとう」


 ラケルタと別れ、ケルウスはかけだした。

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