第17話 コルヌの舞



 誰もいない魔女の部屋。

 だが、そのとき、ケルウスはツボの中身に気づいた。

 ドロドロの赤い粘液のなかに、臓物ぞうもつらしきものがぶちこまれている。ハッキリ人とわかる手首がつきだしていた。


「うわっ!」

「ああ、それか。きっと、ウンブラが何かの魔法を使ったんだな。それも、かなりの高等魔法だ」

「わかるのか?」

「何度か彼女が魔法を使ったあとを見たから」

「コルヌをどうする気だ? あの女」

「人心をあやつる術などではない。もっと大きな魔法だ。ただの操作術なら、生贄は子山羊で充分だ」


 今の言いかたでは、ラケルタ自身、ウンブラに誰かをあやつる魔法を使わせたのではないだろうか?

 宮廷で味方は一人でも多いほうがいい。とくに王の好意は保ちたいだろう。政敵も思うがままに支配できるに越したことはない。


(この手はあきらかに人間。だとしたら、ウンブラはなんの魔法を使ったのだろう?)


 まだツボから湯気があがっている。魔法をかけた直後ではないかと察する。


「とにかく、コルヌが今どこにいるかなんだ。ウンブラがほかに行きそうな場所はないか?」

「あるとすれば、裏山の墓場か」

「墓場? なんでそんなところに?」

「生贄が死体でもいい場合があるからだ」

「生贄って、生きてる贄のことだと思ってたよ……」

「特殊な魔法の場合の代用だ。本来なら生きた人間が欲しくても手に入らないときには、生きた山羊と人間の死体を使って、代理にできるらしい。つねに、ではないが」

「その墓場へ行くには?」

「いったん、宮殿から出なければならないな。城壁の外をまわっていく」


 違う。直感的に思った。

 そんな遠くの時間がかかる場所へ行ってはいない。でなければ、ケルウスの胸がこれほどさわぐわけがない。凶事の起こる前兆だ。今すぐにコルヌを助けなければ、一生、後悔しそうな予感がある。


 しかし、ほかに方法もないので、とりあえず、そこへ行ってみようという話になった。岩屋を出ようとしたとき、ケルウスは背後に気配を感じた。一瞬、ウンブラが薄闇で笑う姿が見えた。ウンブラの術中にハマっている。


(まさか、あの手首……コルヌはすでに?)


 いや、違う。あれはコルヌよりずっとたくましい男の手だ。指に剣だこもできていた。コルヌが贄にされたわけではない。


 気にはなったが、時間にせいている。ケルウスはラケルタを追って、岩屋をとびだした。王宮のなかほどにある外廊下まで来たときだ。中庭の兵士たちがさわいでいるのが見えた。

 庭のまんなかで、踊り子が舞っているのだ。女のように長いローブをまとっているが、男だ。何しろ、コルヌだから。白銀の巻毛が風になびき、長い手足が白鳥のように優雅な弧を描く。

 あまりの美しさに、つかのま、時を忘れた。まわりの兵士たちも見とれている。それは見る者すべてを魅了した。


 すると、王宮のなかから誰かが現れる。


「陛下……」


 ラケルタがつぶやいたので、ノクス王だとわかった。遠いので顔立ちまでは見てとれない。頭上に王冠をいだき、豪華なマントをまとう屈強な男だ。ノクス王の拍手する音が、四方の壁に反響して、ここまで聞こえる。


 コルヌが舞をやめ、ノクス王が近づいていく。あれよ、あれよと言うまに、コルヌは王に手をとられ、宮殿へ入っていく。


「おいおい、どうなってるんだ? あの王様、コルヌを女だと勘違いしていないよな?」


 ラケルタの微妙な顔つきはどうしたことか。


「……王は美しければ、男でもかまわれない。しかし、ふだんなら十五、六の少年にかぎるが」


 ケルウスはうなった。

 まあ、コルヌはもともと男娼だから、そこのところは気にしないだろう。むしろ、王の寵愛を受ければ、喜ぶかもしれない。


「しかし、コルヌはウンブラにさらわれたはず。なぜ、急に踊りだしたんだ」


 もしや、ウンブラにあやつられているのだろうか? きっと、そうだ。ウンブラが何を企んでいるのか知らないが、早くコルヌの目をさましてやらないと。


「たいへんだ。あれはコルヌの意思じゃない。どうにかして、ハーレムに入れられる前にとりもどせないか?」

「うーん。難しい。が、方法がないわけではない」

「協力してくれるのか?」


 ラケルタは苦笑いした。

「私にとっても、彼ほどの美形が陛下の寵姫になるのは、決して喜ばしい状況ではない。いなくなってくれたほうが嬉しい」


 利害が一致した。

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