第37話 夢の神



 コルヌレクスは憤慨している。

 ほとんど感情を刺激されない永遠の孤独と無聊ぶりょうに閉じこめられた神にしては、ひじょうにめずらしい。


「いかがなされましたか? わが神よ」

「私の接点だ。それがなければ、記憶を回収できぬ。返せ」

「今しばらく、お貸しくださいませ。これがなければ、私の体はまたたくまに崩れてしまいます。魔法の代償に、わが身を贄といたしました」

「おまえは私の花だ。勝手はゆるさぬ」

「もうまもなくです。私の命はつきますゆえ」

「おまえが死ぬと、私の庭に訪う者がいなくなるな」

「申しわけありませぬ」

「散るのか?」

「その覚悟にございます」

「退屈だ」

「御身を称える者はまた生まれてきましょう」

「だといいが」

「最後にお別れを述べに参りました」

「私の愛しい花よ。まだ散ってはならぬ」

「人の命は短きもの」

「散ってはならぬ」

「永のお別れでございます」

「巫子よ」


 神のかいながその命を惜しむように抱きつつむ。青い瞳から涙があふれた。神も泣くのだ。


 箱庭が遠くなる。

 もう二度と生きてここへ来ることはあるまい。

 あとは朽ちるのみ……。



 *



 ケルウスが目をさましたときには空が白みかけていた。薄桃色に染まる雲が東に帯を描き、物悲しいほど澄んで見える。


 今しがた見た夢を、ケルウスは考えた。今回も自分の夢ではない。以前と同じ人物に同調したのだ。その人がを持っている。ずっと何十年も、ケルウスが探し続けてきた接点を。


 イヤな予感がした。

 今日の夢は神の姿だけでなく、うっすらとだが、夢を見る者も見えた。あの感じは、やはり……。


 無言で起きだすケルウスの気配を察し、フィデスも目をあけた。


「朝食くらいはとろう」

「馬上で充分だ」

「待て。どんなに急いでも、レクシアまでなら五、六日はかかる。今からそれでは体力がもたぬぞ。おまえが倒れたら、おまえの友人を助ける者がいなくなるだけだ」

「……」


 そう言われれば、そうだ。


「おまえのほうこそ、ほんとはラケルタのそばを離れたくなかったんだろう?」

「もちろん。こんな非常時にお守りできないのでは、鍛えてきた意味がない」

「ラケルタを好きなのか?」


 フィデスは急に赤くなり、黙りこんだ。もじもじする仕草はふだんが凛とした戦士であるだけに、妙に可愛い。勇ましい鎧で覆い隠した彼女のなかの女らしさを見た。


「なんだ。やっぱり、そうなのか」

「違う。違うぞ。わたしとラケルタさまは乳兄妹なのだ。もったいなくも、わたしの母がラケルタさまの乳母を勤めていた。だから、兄妹のようなものだ」

「どっちでも、おれはかまわないが。ラケルタもおまえのことは心から信頼しているようだしな。おれの護衛なんていらないんだぞ?」

「いや。ラケルタさまの命令だ。レクシアまでは安全にたどりつけるよう送りとどける」


 フィデスが敵にまわらなくてよかったと、ケルウスは思った。一途で気品のある性質。好ましい。


 話しつつ、質素な朝食を終え、旅を続ける。

 数日後、ようやく、レクシアについた。初めてこの地へ来たときも、なんとなく異様なふんいきはあった。

 しかし、ほんの半月離れているあいだに、こんなにも変わりはてるとは、誰が想像できただろうか?


 戦士のフィデスの顔色も青い。

「なんだ? これは?」


 村じゅうを影が覆っている。まだ昼だというのに、あの神殿で見たのと同じだ。灰色の寒天のようなブルブルもろい人影が、そこここを歩きまわっている。

 どれも旅人の姿だ。

 この村へ来て、宿へ入れてもらえず、街路で死んだ者たちの霊だとわかる。

 あの巨大な竜の影が、広場のまんなかで嘆きの咆哮をあげていた。


「結界がひろがってる」

「結界だと?」

「魔術の結界が山頂の神殿にかかっていたんだ。それが村まで飲みこんだ」

「襲ってくるのか?」

「人影はまとわりついてくるだけだ。ふれても害はない。せいぜい、かみついてくるくらい。ただ何度でも復活する。竜があやつっているからだ」

「ならば、竜を倒せばよいのか?」

「それはできない。あれはもう死んでいる。死ぬまぎわに自分の影だけを残していった。魔法をやぶれば消えるが、生体としては倒せない」


 どうやっても勝てない相手だ。何しろ、もとは神だ。神のかけた魔法を人の力でなど解けるわけがないのだから。


「ならば、どうする?」

「あれは夜にならなければ動きまわらない。今もひところで止まっている。昼のあいだに、どうにかしてコルヌとアクィラを探しだし、そのまま逃げだす。それしかない」


 とは言え、さほど時刻に猶予はなかった。日の入りまで、あと一刻もあろうか?


(コルヌ。どこにいる?)


 アクィラは竜の神殿へ来いと言った。やはり、神殿だろうか?

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