八章 ふたたび、レクシアへ

第36話 コルヌを追って



 それ以上、公爵夫妻はコルヌの素性について、何も教えてはくれなかった。が、ケルウスがいないあいだ、宮廷で起こった事態は問われるままに話す。


「兵士たちも応戦しましたものの、あれは悪しき魔法の産物。次々に抱きつかれて、侵入をゆるすと、まず王子を、それから王女を、妃と重臣のほとんどを焼きました。誰を殺すのか、イグニス王陛下の霊が指揮をなされておりました。この国はもはや終わりですな。かわりに誰かが立つとしても、ノクス王亡き今、属国はこぞって反旗をひるがえしましょうし、周辺諸国も攻めてまいりましょう」


「あなたがたはどうするのだ?」

「生き残りを集め、どうにかこうにか、この城壁内だけでも守りましょうかな」

「それがいい。民の多くは生きのびている。守る者がなければ、他国の奴隷にされるだけだ」


 今度は公爵がたずねる。

「ときに、コルヌさまはいかがなされましたか?」

「コルヌは……」


 アクィラにさらわれた旨を説明する。


「おれはすぐにもあとを追う。必ず、コルヌを助ける」


 公爵夫妻のおもてはどことなく悲しげだ。ケルウスがコルヌを救えると思っていないかのように。が、口に出しては、


「お願いいたしまする。馬と食料を用意いたしましょう。これもお持ちなされ」


 金貨銀貨のつまった袋を渡してくる。


「コルヌさまをお頼み申しますぞ」

「うん」


 公爵夫妻と別れ、屋敷を出る。見れば、王宮の煙がかなりおさまっていた。燃える死体がすべて消えたからのようだ。魔法が終わったらしい。建物に燃えうつった火は急速に小さくなっていた。


 門の前まで集まっているのは、どうにか逃げだした廷臣たちだ。ヘルバをつれたラケルタの姿がある。無事に帰りついたらしいフィデスががそばについていた。そういえば、いつのまにかいなくなったが、ウンブラはどこへ行ったのだろう?


 ラケルタは石畳にすわりこんで悲嘆に暮れている。


「なんのために私がこれまで、つまらない女たちに必死で愛想をふりまいてきたと思っているのだ。それもこれも、宮中での地位をかためるため。後宮に自由に入れるよう門番たちも買収して……すべて水の泡だ」

「ラケルタさま。わたくしがついておりますわ。あなたのためなら、どんなことでもいたします」


 ヘルバが必死になぐさめるものの、ラケルタは邪険にその手をふりはらう。恋人に対する態度ではない。


 なるほど。ラケルタが多くの女官と浮き名を流していたのは、そのためだったのだ。ウワサでは、王の愛妾の一人とも関係しているふうだった。ヘルバについても利用している女の一人にすぎなかったのだろう。


 急にキレイになった女ばかりを恋人にしたのは、そう考えるとぐうぜんだとわかる。後宮で権威を持つのは王に寵愛される女だ。美しい女ほど有利に決まっている。


(となると、ラケルタが敵対勢力になりそうな女を殺していたわけでもないか。女たちを殺していた人物がノクス王も殺したのだろうし……)


 とにかく、今はそれどころではない。コルヌを助けに行かなければ。


「ラケルタ。おれは今からアクィラを追う。卵はたぶんだが、アクィラが持っている」


 声をかけると、ラケルタの目に少しだけ光が戻った。


「そうか。まだ竜の卵があったか。私は王の器ではない。それは私がもっともよく知っている。わが国の平安のためには、ノクス王陛下のカリスマ性が必須だったのだ。だが、竜の卵があれば……」


 カリスマ性と言うよりは、残虐性だったのではないかと思う。が、ケルウスは無言でうなずいておいた。

 すると、ラケルタはフィデスに命じる。


「彼を護衛してやれ」

「しかし……」

「こちらは大事ない。城壁は無事だ。兵を集めれば、すぐに堕ちることはない」


 フィデスはほんとはラケルタのそばにいて、彼を守りたいようだ。しかし、そのラケルタ自身の命令なので、しかたなく了承する。二人がどんな関係なのかは知らないが、フィデスもまた女としてラケルタを好きなのかもしれない。


「ラケルタ。おれはおまえも嫌いじゃない。すばしこいトカゲのようにぬけめなく、生き生きと魅力的。現在いまの神、コルヌレクスの加護がおまえにあらんことを」


 ケルウスは燃えるマグナをあとにした。フィデスも馬で追ってくる。

 行きはコルヌと二人、物見遊山気分で楽しんだ道を、友の身を思いながら、ひたすら急いだ。ほんとは寝ている時間も惜しかったが、どっちにしろ、馬は休ませなければ倒れてしまう。幸い、雪は降っていなかった。平地なので、さまで寒くはない。宿を探すいとまをはぶいて、街道ぞいに野宿する。


 その夜。夢を見た。

 コルヌレクスの夢だ。

 黄金の髪に鹿の角をいただく美貌の王。

 だが、神は猛り狂っていた。



 ——それは私のものだ。わが分身。返せ!

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