第35話 マグナの終焉
燃える死体の群れを追うように山をおりた。
どっちみち、レクシアへ帰るために、マグナは通り道なのだ。
だが、まだ中腹にしかおりていないあたりでも、すでにそれが見えた。マグナの街並みからあがる黒煙。そして、みるみるひろがる赤い炎だ。
「王都が燃えてる」
「あの感じじゃ、もうダメねぇ」
超然としたウンブラが場違いだ。
ケルウスはこの王国の住人ではない。マグナに多くの知りあいがいるわけでもない。それでも、泊めてくれたアージェントゥム夫妻や、策略家ながら何度か協力してくれたラケルタもいる。女官のなかにも、まだ見知った者が生きているはずだ。
彼らがどうなったのか、ケルウスは気になった。
「急いでおりよう」
さきに帰ったフィデスはどうなったのか? あの状態で馬もなく、燃える死体より早く王都にたどりつけたとは思えないが。
ケルウスは急いだ。息の続くかぎり走る。だが、煙は遠くからでも見えるが、人の足では走っても走っても、なかなかそこまで近づけない。気持ちだけが焦る。
ようやく、平地に出た。王都をかこむ城壁のまわりに、逃げてきた人々がかたまっている。こわばった、恐怖にゆがんだおもてで、王都からあがる炎をただ黙ってながめている。
少ない人数ではない。いちはやく変事を察した城壁近くの民は、燃える死体が到達する前に逃げだしていた。
「城壁のなかにも、まだ生き残ってる人がいるかもしれない」
城門を守る兵士もいない。焼けこげた門扉と、折れた槍や燃える鎧を見れば、そこで争いがあったのだとわかる。鎧や武器からは煙があがっていた。
門を越え、街路に立つ。道端に焼死体やたくさんの骨がころがっていた。が、建物はほとんどが無傷だ。炎もまわっていない。炎は大通りにそってあがっていた。燃える死体はまっすぐに王宮をめざしていったのだ。
炎の行方を追うように走っていったが、もう遅いことは遠目からでもわかっていた。赤大理石の宮殿はいたるところから黒い煙があがり、オレンジ色の炎の舌が窓という窓からチラチラのぞく。
もはや、滅んだのだ。
前王イグニスを裏切り、その首とともに手に入れたノクスの王国は、たった十年で終わりを告げた。それも、自らその命を奪った者たちの復讐の炎によって。
宮殿に近づくと、熱気と煙で息が苦しい。もはや、王宮の門をくぐることは不可能だ。
(皆、王宮と運命をともにしたのか?)
後宮から逃げだした女官たち。その周囲に集まっていたラケルタや、重臣、兵士たちはどうなったのだろうか?
突風がまきあがり、黒煙が一瞬、晴れた。炎にゆれる前庭が見える。
まだうごめいている燃える死体がいくつかあった。生贄を探すように、両手をつきだしながら、右に左にさまよっている。ちょうど宮中から逃げだしてきた女官を見つけると、死体は女官に抱きついた。そのとたん、女官と死体は一体となって燃えあがる。燃える死体はそのまま炎のかたまりとなって消え失せ、あとには女官の遺体だけが残る。
(なるほど。この魔法の原理がわかったぞ。目には目を、か。燃える死体の一体につき、人間一人を道づれにする。そういう魔法だ)
だとすると、城下のほとんどの人間は無事だろう。燃える死体は一千人まではいなかった。王宮をめざしていたから、宮中につどっていた人物が重点的に標的にされたはずだ。
王族や貴族、兵士。
自分たちの国を滅ぼした人々へ復讐を果たしたのだ。
これでは、後宮から逃げだしたという王子たちも助からなかっただろう。
アージェントゥム公爵夫妻はどうなったのか?
(そういえば、公爵夫人は宮殿に来ていなかった。あるいは助かったかもしれない)
王宮に近いアージェントゥム公爵家へ走る。近いとは言っても、まだ炎が燃えうつるほどではなかった。このまま、下火になってくれれば、公爵邸までは燃えひろがらないだろう。
「公爵夫人。ご無事か?」
「おお、あなたはコルヌさまのおつれのかた」
公爵夫人は健在だった。公爵もさわぎが起こる前に屋敷に帰っていたらしい。だが、なんとなく、態度がおかしい。
「あなたがたはよく無事でしたね?」
「うむ……われらはこうなると、かねてより覚悟をしていたから」
「どういうことです?」
公爵は重い口をひらく。
「われらはかつて、コルヌさまにお仕えしていたのだ。私は教育係。いわゆる、じいやですな。妻は侍女でした」
「コルヌさまはご不幸な身の上なのです。わたくしたちは、それでノクス王にはナイショで、できるかぎりの援助をしておりました」
コルヌの客ではなかったのだ。そこはちょっと安心する。
「コルヌはいったい何者だ?」
「……それは私どもの口からは言えませぬ。しかし、このたび、おいでなさいましたおり、こっそりと、こうおっしゃいました。『これより数日内に私が姿を消すときには、そなたたちは急ぎ宮中より離れるのだ』と」
なぜ、公爵はそんな言いかたをするのか?
それではまるで、王城を燃やしたのは、コルヌのようではないか?
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