第34話 復讐に燃える



 このままでは、王都の人々が全滅する。

 たしかにノクス王はヒドイことをした。しかし、それにまきこまれるのは、ただの多くの罪なき平民だ。それも、すでに当のノクス王は死んでいる。


「アクィラを見つけて止めよう。それに、この廃墟のどこかにコルヌがいるはずだ。助けてやらないと。アクィラはコルヌを生贄にするつもりだろう」


 ウンブラは考えこんだ。


「……残念だが、生贄にされたのなら、もはや助けられない。魔術の終わりに必ず死ぬ」

「だから、魔法が完成する前に助けるんだ」


 ケルウスは王宮の奥をめざした。瓦礫から瓦礫へとびうつり、死体の流れがとぎれたすきに街路を走る。馬はとっくにいなくなっている。自身の足だけが頼りだ。


「詩人。わたしは王都へ帰る。ラケルタさまの身が心配だ」


 フィデスだけがそう言い残し、ケルウスたちとは逆へむかっていった。ひきとめているヒマはなかった。死体の数はだいぶ減ったものの、それでもまだ、王宮の奥から、いくらでも湧いてでるのだ。


 フィデスの背中を見送り、ケルウスは王宮へ走る。

 さっきの人影は間違いなくコルヌだった。まだ無事でいてくれればいいのだが。ツボのなかでバラバラになっていたノクス王の死体を思いだす。


「そういえば、ウンブラ。おまえの部屋でツボを見た。なかにノクス王の死体が入っていたが、あれはどういうことなんだ? 死体を見たのは昨日の昼だ。おれ自身、そのあと、中庭で王の姿を見た。ノクス王は今朝までは生きてたはずなのに」


 ウンブラは黙ってケルウスのあとを走りながら、ニヤニヤ笑っている。


「おまえが王を殺したのか? いくらおまえでも、王を殺せば困るだろう? 少なくとも、ラケルタは王に重用されて今の地位にある。王を殺されれば怒るだろうに」

「……」


 答える気はないようだ。

 しかたなく、ただ奥をめざす。


「コルヌ! コルヌ!」


 王宮のなかは破壊されているものの、原形はとどめていた。ときおり、崩れた柱や壁があったが、通路をふさぐほどではない。


「コルヌ! どこだ?」


 ケルウスのまわりを生きていたころの王と王妃の幻影がただよう。彼らは何かを伝えたいようだ。しかし、言葉にできるほど強い力が残っていない。姿もほとんど霧のようにぼやけていた。


 それでも、彼らはケルウスをどこかへ導いているとわかる。

 彼らについて、さきへ急ぐと地下へ出た。モザイク模様のタイルを貼った床がむきだしの岩に変じ、柱のかわりに鍾乳石がつらなる。


 王宮の底は広い鍾乳洞だ。その最奥に地底の湖があった。神秘的な青い水をたたえる湖面のまんなかに小さな島がある。島には橋がかかり、神殿らしきものの前で人が倒れていた。


「コルヌ!」


 遠目でもわかる。コルヌだ。プラチナブロンドを乱して、青ざめたさまは、それじたい神の像のようだ。

 すぐそばにアクィラが立っている。やはり、アクィラにさらわれていたらしい。


「待て、アクィラ! コルヌを返せ!」


 まったく、よくさらわれるヤツだ。それだけに、ほっとけない。手のかかる花ほど愛しいものだ。


 ケルウスが橋をかけぬけているうちに、アクィラはコルヌをかかえあげた。コルヌは完全に失神している。または、アクィラに魔法をかけられている?


「コルヌ! 目をさませ!」


 フォフォフォと、アクィラは例の笑い声をもらす。


「この者はな。死んだほうが幸せなのだ」

「何を勝手な」

「この者もそれを望んでおる」

「嘘だ!」


 言うだけ言って、アクィラは呪文を唱える。彼の足元に、パクリと穴があいた。


「ケルウス。どうしても、この者を救いたければ、竜の神殿へ来るといい」

「待て! アクィラ!」


 ダメだ。まにあわない。

 空間が割れ、アクィラの姿が見えなくなる。コルヌをかかえたままだ。

 消える寸前、コルヌは目をあけた。ケルウスを見つけて嬉しそうに微笑む。だがすぐにその笑顔は地下の暗闇ににじんでいく。


「コルヌ……」


 ケルウスは悔しさに歯噛みした。まったく、ズルい。あんなふうに笑われたら、どうしたって見すてておけないではないか。


「くそ。アクィラめ」

「逃げられたね。じゃあ、燃える死体にかかった魔法は解けないよ」


 ウンブラはなぜ、魔法でアクィラに対抗しようとしなかったのか? 大好きなラケルタが危険にあってもいいのだろうか?


(竜の神殿。レクシアの山頂にあった、あの神殿のことだな。コルヌを助けに行かなければ)


 竜の卵は見つかっていないが、それもアクィラが持っているかもしれない。

 ケルウスは急いでレクシアへひきかえすことにした。

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