第33話 滅びの風



 赤大理石でできた丘の上の廃墟。その瓦礫のさなかに、遠く白い人影が見えた。プラチナブロンドの髪と言い、細身で優美な体つきと言い、どう見てもコルヌだ。


「コルヌ!」


 馬を急がせたときには、ふらりと瓦礫のかげに隠れる。探したものの、見失ってしまった。


「コルヌ……」


 なぜ、コルヌがこんな廃墟にいるのか?

 王都の見物というには変な場所だ。都から離れているし、一人では危険だ。野盗や山の獣だって出てくる。

 まさか、アクィラがつれてきたのか? アクィラの最終目的の生贄にするために?


 そうだ。さっきから、急に風がざわついてきた。同時に廃墟全体に魔法の波がひろがりつつある。

 何者かが魔術をおこなっている。


「フィデス、ウンブラ。急ぐぞ」

「ああ」

「ちょっとぉ、あたしに命令しないでよ。あたしは、あんたの魔法使いじゃないんだからね。いい男だからって、誰にでもなびくと思ったら、大間違いだよ」

「ラケルタに頼まれたんだろう? アクィラがいそうな場所につれていけ」


 ブツブツ言いながらも、ウンブラは廃墟の中心へむかっていく。

 やがて、山肌にかこまれて、王宮跡があった。柱や壁の一部は崩れているものの、全体の形はまだ保たれている。マグナの宮殿より、ふたまわり小さい。様式はよく似ている。


 王宮の手前には広場がある。かつては四方に巨大な神像が立ち、中央には噴水があり、人々が行きかい、とても美しかったのだろう。今は噴水も枯れ、神像は打ちこわされ、石畳のあいだからは草が茂り、寂寞せきばくたるありさまだ。


 その広場の見える位置まで来たときだ。

 ケルウスは幻視におちいった。

 まだ都市が活気にあふれていたころの風景。

 忙しそうな人々や、野菜をのせた荷馬車が通りを行き、花売り娘が旅人を呼びとめる。街路にはたわわに果実が実り、旅人は自由にそれをとっていいのだ。


 豊かでおだやかな都だ。

 勇ましい兵隊の行列や、宮殿から出入りする華麗な衣装の王族、貴族。

 なかでも、とびきりに美しいのは王妃だ。王と二人、馬車で出てきて手をふっている。それはもう女神のごとき麗しさだ。しかし、そのおもて、誰かに似ている。


 そう考えた瞬間、平和な光景は崩れた。炎のなかで影が踊る。悲鳴や泣き叫ぶ声が響いた。


 建物の奥で、王と王妃を追いつめているのはノクス王だ。今より若い。


「テッラ。今ここで選べ。おれか、イグニスか」

「わたしの愛しているのはイグニスです」

「では、ともに死ね!」


 ノクスの剣が深々と王妃の胸につきささる。続いて、イグニス王も切りすてられた。重なって倒れる二人を見て、ノクスは笑いながらイグニス王の首を断つ。


 王都は破壊に蹂躙じゅうりんされる。

 滅びの日。

 黒い影が湧きだした。



 ——助けて。助けて。

 ——死にたくない。

 ——熱いよ。焼ける……。

 ——苦しい。



 通りや崩れた建物のなかから、野ざらしにされていた骨がころがりだし、一つずつ人の形に組みあがっていく。


(しまった! 魔法が発動した)


 いったい、ノクスはどれほどの人を殺したのか?

 またたきするうちに、影は増えていく。あまりにも多いので数えきれない。

 もはや、幻視ではない。死体から作られた魔法生物だ。

 それが群れで湧きだし、悪意の黒い炎をくすぶらせながら歩きだす。


「さけたほうがいいんじゃない? それにふれると人間なんて一瞬で焼けおちるよ」


 ウンブラが言うので、あわてて、ケルウスたちはよける。通りは歩く燃えがらに埋めつくされた。瓦礫の上にとびのる。


 燃えながら歩く死体の軍団は、山をくだっていくようだ。あの方向はマグナにむかっている。


「大変だ! 死体がマグナへ——」


 フィデスは青くなる。が、ウンブラはこれも気にかけていない。


「あれはただの死体よ。魔法をかけた魔術師をつきとめないと解けない」

「あれだけの数の死体だぞ? 王都はどうなるんだ?」

「燃えつきるでしょうね」

「王都にはラケルタさまが! すぐに知らせに帰らねば」

「どうやって? 死体が全部いなくなるまで、わたしたち、動けないじゃない」


 女二人の会話を黙って聞いていたが、ここはウンブラの言うとおりだ。

 それはまるで赤々とたぎる溶岩の奔流だ。やつらがそばを通るだけで汗がふきだすほど熱い。


「殺された恨みね。怨念が復讐の炎になっている。見て。あれはイグニス王よ」


 黒く燃える馬に乗った首のない死体。そのかたわらには無蓋むがいの馬車に乗る王妃。

 二人を先頭にして、死体はひたすら山をくだる。

 王都が燃えつきるまで、いくらも時間がない。

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