第32話 アクィラの足跡



 アクィラはどこへ行ったのだろうか?


 昨夜はたしかに、この近辺にいた。後宮でケルウスが窮地におちいったとき、魔法で助けてくれた。魔術は基本的に自身のいる場所で発生する。少なくとも、視界に入る範囲内。

 おそらく、後宮のどこかにはいたはずだ。あるいは、後宮の庭に。


 しかし、目的を果たした今、もはや、ここにいる必要はない。すでに逃げだしたあとだろう。

 幻視者にすぎないケルウスに、魔術師の足跡をたどれるだろうか?


「……ウンブラ。おまえ、アクィラの居場所を知っているか?」

「なぜ?」

「スクトゥムは死ぬ前に、竜の卵を王以外の誰かに渡すか、奪われたかしている。アクィラが持っているのではないかと思う」

「竜の卵、か」


 ペロリと舌を出して、ウンブラは赤い唇をなめる。まるで獲物を目にしたときの獣だ。


「アクィラなら、あそこにいるかもね」

「心あたりがあるのか?」

「あるけど、あんたに教えてやる筋合いはないね」


 まあそうだ。

 こいつ、コルヌをさらって変な魔法を使ったくせに。そうだ。片腕くらいは切りおとしてやってもかまわないか? と、ケルウスは考えた。もちろん、考えるだけだ。実行はしない。いわゆる悪態というやつである。


 ケルウスが心のなかのウンブラに憂さ晴らしをしていると、周囲の重臣たちが、皆こっちを見ていた。ラケルタもだ。やはり、誰もが竜の卵に関心を持っている。


「国王が崩御ほうぎょしたのだから、やるべきことは多いだろう? こっちはこっちでやってるから、気にするな」と、ラケルタに対して言ったのだが、彼は妙に優しげな笑顔だ。気味が悪い。


「竜の卵を見つけるなら、協力は惜しまないよ? どこかへ行くのか? フィデスを護衛につけてやろう」

「……」


 要するに、お目付け役だ。もしもケルウスが卵を見つけても、持ち逃げしないようにというのだろう。

 フィデスは胆力もあり、腕もいい。強い戦士だ。戦えば、ケルウスは無事ですまない。ラケルタにも忠義をつくしているようだし、彼女を敵にまわしては、かんたんに逃げられない。


「ウンブラ。あなたも、ケルウスに力を貸してくださいますか?」


 ラケルタが両手で彼女の手をにぎりながら言うと、ウンブラはニヤニヤと相好をくずす。


「いいよ。あんたの頼みなら聞いてあげよう」


 ほんとに美形が好きらしい。では、なぜ、ケルウスには冷たいのか。不思議だ。


「おれのことなど気づかってくれて、ありがとうよ。宮中は大丈夫なのか?」


 せめてもの皮肉を言ってやるのだが、ラケルタはそれでも笑っている。


「大事ない。皇太子殿下やお妹姫さまがたもご無事だ。いちはやく、後宮をお逃げなされたよし。幸運であった」


 落命したのはノクス王と妃、数人の王子らしい。王国として大打撃ではあるものの、首の皮はつながれている。


 なんとなく乗せられている感じはしたものの、ほかにあてはない。


「……では、ウンブラ。その場所へつれていってくれ」

「ラケルタの頼みだから、しかたないわね」


 ウンブラは魔女なので、てっきり魔法で移動するのだと思ったのに、彼女は馬屋から馬を持ちだしてきた。しょうがないので、ケルウスとフィデスも馬で移動だ。


 コルヌは心配しているだろうが、アージェントゥム公爵の屋敷によっていくいとまもなかった。アクィラが何を目的にしているのか知らないが、次なる魔法のために竜の卵を使うつもりかもしれない。急がなければ。


「すぐに到着するんだろうな?」

「往復でも半日はかからないわね。一刻もあればつく」

「いったい、どこへ行くんだ?」

「前王朝の宮殿跡よ」


 往復二刻。現地で一刻を要したとしても、夕刻には余裕を持って帰ってこられる。それまでなら、コルヌもおとなしく留守番していてくれるだろう。何しろ、一度はウンブラにさらわれているから、彼女の前につれてきたくない。


「では、急ごう」


 しかし、このとき、すでに遅かったのだ。ケルウスはのちになるまで知らなかったが。


 王宮の背後の岩山をのぼっていくと、そのさきに目的地はあった。ノクス王の叛乱はんらんによって滅亡した前王朝があった場所。

 それも、まだ十年前の話だ。崩れた瓦礫がれき。燃えた家々。戦火のあとが今も生々しく見てとれる。


「街ごと燃やされてる」

「宮殿はもっとヒドイありさまだぞ? わたしはラケルタさまの兵であるから、亡き陛下を悪くは言えぬが」と、フィデスの表情も険しい。


 崩壊した壁の下には、あきらかに親子とわかる骨が放置され、風にさらされている。ほかにも、あちこちに骨が……。


「ノクス王は前王朝の将軍だったと聞いた。前王はイグニス王だったか。王の信頼を得ていたんだろう? なぜ、裏切ったんだ?」


 フィデスには答えられないようだ。静かに目を伏せる。ヘラヘラと笑ったのはウンブラだ。


「ノクス王は王妃に懸想けそうしてたって話よね」

「穢らわしい魔女め。黙れ」と、フィデスは憤慨する。

 ウンブラはまったく気にかけていない。


「ほんとのことじゃない? イグニス王とノクス王は子どものころからの親友だった。年ごろになって二人は同じ人を愛した。最初に出会ったのはノクス王のほうだったけど、王妃が愛したのはイグニス王。だから、嫉妬に狂った」


 一国の滅びが、まさか失恋のせいだったとは。


「王妃は絶世の美女だったっていうからね」

「ウンブラ。おまえは王妃を見たことはないのか?」


 今の話しかたは伝聞形だ。


「あたしはそのころまだ、修行中だよ。この国にはいなかった」


 話しつつ、馬を進めていたときだ。ケルウスは前方に人影を見た。

 しかし、おかしい。今のは、王都に残してきたはずのコルヌだったような?

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