七章 滅びの王朝
第31話 魔術の完成
スクトゥムの体が変化している。人犬だったスクトゥムが、より大きく、強い生き物へ。獅子だ。翼のある人面の獅子。
変化しあう二つの魔法生物がぶつかったとき、ついにその魔法は臨界点を迎えた。破裂し、はじけとぶ。そして、その内にいる魔法生物の生命力を根こそぎ吸いあげ、凝固した。そののち、収束する。
ケルウスとフィデスも立っていられないほどの突風にさらされ、壁に打ちつけられる。
ものすごい量のエネルギーの奔流だった。意思の弱い者なら、その勢いに飲まれ、わずかの願望をとっかかりに流されていっただろう。生き残れたのは、よほど強固な精神を保てる強者だけだ。
ケルウスはとなりで失神しているフィデスを見て、この女もそうとうな
「フィデス。起きろ」
「う……」
頭を押さえながら、フィデスは立ちあがる。
「今のは……?」
「魔術が完成した」
「完成すると、どうなるんだ?」
「それは魔法をかけた魔術師にしかわからない。だが、見ろ」
部屋のなかにはラクとスクトゥムの遺体がころがっていた。しかし、もはや、どっちがどっちだったかもわからない。ヒドイありさまだ。乾燥しきった枯れ枝。骨と皮だけのカスカスのミイラになっている。それも、ひろいあげようとふれれば、そのまま
「人の形に戻っていた。変化に使われた
「奪われた力はどこへ?」
「もちろん、何かの目的のために持っていかれたんだ。その結果がどこかに現れているはずだが」
しかし、今のところ、後宮のなかにそれらしいものはなかった。こうなれば、表口から出ても同じなので、廊下へ出て確認する。ミイラ化した死体がゴロゴロところがるだけだ。生きている者はいない。
(だが、あれだけのウィスだ。よほどの大きな結果が出るはずだが?)
魔術師の目的がなんだったのか、それをつきとめなければ、起きた変化にも気づけないのだろう。
あの魔法は生贄を用いていた。ウンブラが使ったのか?
「急ごう。フィデス。外で何もなければいいが」
死体をよけながら、大急ぎで後宮を出た。門をくぐるとき、ケルウスは亡くなったラクやスクトゥム、その他大勢のために目礼した。
あるいは、その門外では、とんでもない惨事が出迎えているのかもしれないと考えたが、いつもどおりだ。変化はない。何も変わらないことが逆に腑に落ちない。
門のすぐ外に、ラケルタが待っていた。まわりにいるのは宮廷の重臣のようだ。アージェントゥム公爵の姿もあった。出てきたケルウスたちを見て、みんながとりかこむ。
「フィデス。どうした? 陛下は?」
「陛下はお亡くなりに……われらが参ったときには、すでに」
「そうか……」
王亡きあと、国をどうするかは彼らの問題だ。王子か王女が早めに後宮を脱出し、生きのびていれば、それを
それは吟遊詩人にすぎないケルウスには関係ないこと。
ただ気になるのは、竜の卵の行方。
卵を持っていたはずのスクトゥムは死んだ。王も。彼らが卵を手にしていたのなら、変化の魔法の成就とともに消え失せたのだろうか?
(いや。おれが卵についてたずねたとき、スクトゥムは何か言いかけた。卵を持っていたなら、きっと出していたはず)
すでに誰かの手に渡ったあとだったのだろう。王だろうか?
しかし、王の死体のそばに、それらしいものは感知できなかった。ふつうの人ならともかく、ケルウスは幻視者だ。神世からもたらされたものが近くにあれば察知する。
では、あとはこの宮中で、それを持っていそうなのは、ウンブラ。後宮にかかっていた変化の魔法は生贄を要した。ウンブラの仕業である可能性が高い。
「ウンブラはどこだ?」
岩屋のウンブラの部屋まで走っていこうとした。が、その前に答えがある。
「わたしなら、ここよ」
信じられないが、ウンブラが自らやってきた。魔術が完遂したから、安心して現れたのだろうか?
「ウンブラ。後宮にあの変化の魔法をかけたのは、おまえだろう?」
ケルウスはにらんだが、ウンブラは笑っている。
「決めつけはよくないじゃない。あれは、わたしじゃない」
「おまえでなければ、誰があんな非道な魔術を使うというんだ」
すると、ウンブラは真剣な面持ちになった。
「アクィラよ」
「アクィラ? でも、生贄を要した」
「古き神に仕える魔術師は、誰でも生贄が必要なのよ。ましてや、アクィラはわたしより古い神を信奉してる」
これは衝撃だった。
アクィラの魔法にも生贄がいる。そういえば、最初から何かと怪しいじいさんではあった。
(ウンブラの言葉を
今このさい、ウンブラが嘘をついているようには見えない。
あの強大な魔法がアクィラの成した技ならば、いったい、何が目的だったのか?
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