第23話 王の寝所



 扉の前に見張りはいない。鍵もかかっていなかった。そっと周囲を見まわしてから、あけてみる。


 広い部屋だ。暖炉に火が赤々と燃えている。その明かりだけで、だいたいの間取りが見てとれた。椅子や調度が片側にあり、反対側のすみに寝台がある。陽刻の支柱の天蓋てんがいつきベッド。とばりがおろされている。人間が十人はよこになれそうなサイズだ。

 室内に人影は見えない。いるとしたら、ベッドのなかだけだ。


 足音を立てないよう、慎重に足音を殺して近づいていった。寝台の前に立つ。とばりのなかに凄惨な光景が待っているのではないかと、気をひきしめた。何を見てもおどろかないように。


 だが、とばりをめくってみれば、なかには人間が二人寝ているだけだ。手前にコルヌ。奥側に王が背中をむけていた。血も生首も見あたらない。コルヌは裸だが、それ以上のことはなかったようだ。ホッとしていいのか、悪いのか、複雑な気分になる。


「コルヌ」


 そっと、ゆりおこす。

 もしも、まだウンブラにあやつられていたらどうしようと思う。が、目をあけたコルヌはケルウスを見て笑った。


「あれ? 寝てた?」

「しっ」


 ケルウスが王の背中を指さすと、コルヌは混乱する。


「えっ? 私、さっきまで廊下を歩いて……あっ、裸だ」

「事情はあとで説明するから、とりあえず服着て。逃げるぞ」

「うん」


 コルヌが身支度しているうちに、ケルウスは外へ通じる秘密通路を探した。なんということはない。入口とは反対側の壁にかかった大きなタペストリーをめくると、そこに扉があった。かけがねを外すと、ドアノブがまわる。


「コルヌ」


 手招きをして、コルヌとともにドアをくぐる。ずっと王が寝ていてくれて助かった。

 扉のなかは岩壁を掘った隧道トンネルだ。ウンブラの岩屋によく似た岩肌。裏山のなかを移動しているのだ。まがったり、階段をのぼったりしながら進んでいくと、やがて、前方に出口があった。ほら穴を出ると、王宮が真上から見渡せる。


「後宮の庭に、まだ兵士たちが大勢いるな。獣は狩れないらしい」


 納得いかないのはコルヌだ。


「さっきの場所は後宮か? 私はなんで後宮なんかに? あっ、まさか、さっきのが王? 王と寝たのか? 金をもらってこないと!」


 ひきかえそうとするので、ケルウスはあわてて腕をつかんだ。


「待て、待て。戻ったら、おまえは二度と後宮から出られなくなるぞ」

「でも、仕事をしたなら代償をもらわないと。さっきの部屋にあった黄金の彫像、持ってくればよかった」

「いやいや。たぶん、それだと盗みになる」


 タダ働きを怒っているものの、いつものコルヌだ。救いだせて、ケルウスは嬉しかった。


「おまえが無事でよかった。なんとなく、とりかえしのつかない事態になりそうな予感があったから、どうしようかと思ってたんだぞ」


 コルヌは嬉しそうに微笑む。

「心配してくれたのか」


 その透明な笑みを見るだけで、深い安堵がこみあげた。


「だが、けっきょく、竜の卵は見つからないな」

「私はいったい、なんで、王の寝所なんかに?」

「おまえはウンブラにあやつられていたんだ」

「ウンブラ……まったくおぼえてない」


 明日、もう一度、王宮へ行ってみようとケルウスは考えた。ラケルタから獣狩りがどうなったか聞きたい。それに、ウンブラの岩屋へ行き、魔女と話さないと。


 その夜はアージェントゥム公爵家へ帰った。疲れて翌日の昼ごろまで寝ていた。公務から戻ってきた公爵によると、宮廷ではいくつか不思議なことがあったという。

 一つは王の見初めた踊り子が、こつぜんと消えてしまった。王は悲嘆して行方を探しているらしい。

 二つめは、後宮にものすごい美女がとつじょ現れた。名前をラクと聞いて、ケルウスは変な気がした。ラクとは、だろうか?


「美女?」

「美女というより、美少女というべきか。まだ、十三、四だというからな。しかし、陛下の愛妾のなかにも、あれほどの美女はおらぬので、じきにお声がかりがあるのではないかと、もっぱらのウワサになっておる。ちょうど、踊り子がいなくなった折りでもあるからな」


 ウワサの美女があのラクであるなら、いったい、どうしたことか? 女官たちが言っていた、ウンブラの魔法でキレイになれるというやつだろうか?

 なんだか気になる。

 どっちみち、卵を探しに宮中へは出かける気だった。


「おれは今日も王宮へ行ってみる。コルヌ、おまえは留守番してろ」

「えっ? イヤだよ?」

「バカ言うな。おまえが行ったら、行方不明の踊り子だとバレるじゃないか。いいから、ここで待っててくれ」

「……わかった」


 公爵邸にコルヌを残し、ケルウスは一人、宮殿へむかった。

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