第40話 ケルウスの正体
コルヌを呼ぶ竜をさまたげるように、アクィラは空中から舞いおりた。
「ケルウス。そなたをドラコレクスにあわせるわけにはいかん」
「なぜだ?」
「そなた、竜神を消すつもりだろう?」
「おれにそんな力はない」
「だが、消したいと願っておる」
「当然だろう。あれは影だ。真の竜神はとっくに永遠の眠りについている。魂のもとへ送るべきだ」
「そなたの願いならば、今の竜神にも届くやもしれぬ」
「……なぜ、そう思う?」
アクィラはむしろ敬愛に満ちた眼差しをなげてくる。
「ひとめでわかった。そなたには神の加護がついている。神のオーラと言うべきか」
「……」
「そなたの竪琴にかけた、わしの術。魔法生物の嫌う音を奏でる。あれも、わしの力ではない。わしはちょっと、そなたの力をひきだせるようにきっかけを作っただけだ。もとより、そなたが秘めていた神の波動を、竪琴の調べに乗せて高めるよう施したまで」
アクィラはケルウスのむこうに別の姿を見るような目で告げる。
「そなた、コルヌレクスの化身であろう?」
ケルウスは嘆息した。アクィラは大魔法使いだ。ごまかしてもムダだろう。
「そう。おれは
「初体か」
「初体だけがコルヌレクス本体との接点を持っていた。接点を通じて、神は化身の見聞きしたものを自身の耳目で感じる。記憶を共有できたし、化身のほうも本体の持つ魔法をいくらか使えた。だが、その初体は人界へ出てまもなく消えたのだ。接点は失われた。何者かに奪われたらしい。私はその接点を探している。必ず、持ち帰ると
「見つかったのか?」
ケルウスは首をふる。
「とても大事な印だ。コルヌがドラコレクスから継いだ竜の眼だからな」
「極の神が次の神へ代をゆずるとき、おのが記憶を相手の体に刻むと聞いたことがある。それか?」
「そう。もちろん、その印の写しではあるが。そういくつも作れるものではない。あれがなければ、化身を送りだす意味がないのだ。化身の経験が神のものにならないのだから。神の孤独と無聊をいやすための化身であるのに。この数十年、必死で探したが、ウワサ一つ聞かない。あれは人が手にしていても、本来の効果を発揮しない。おそらく、ただの美しい石として、どこかの王家にでも保管されているだろうと思うのだが」
「代々の神が記憶を引き継ぐ。つまり、永遠の記憶であるな?」
「記憶と魂の一部を。その写しだぞ。人が真の力を使えなくとも、神々の記憶をのぞき見るだけで、多くの恩恵を得られる」
「たとえば、過去のすべての時を見られる、か」
「幻視者ならば、未来も」
ケルウスはアクィラをまっすぐに見つめる。
「おまえはそれを求めているのではないか? アクィラ。魔術師ならば、その力、何より代えがたいだろう?」
「たしかにな。だが、わしには必要ない」
「ほんとに?」
「そなた、わしをいくつだと思うておる?」
「七十か、八十」
「十六だ」
ケルウスは絶句した。とても、十代の若者には見えない。しかし、アクィラが嘘を言っているのではないとしたら、その見ためはどうしたというのか?
「わしの目的は、わが神の最後の願いを叶えること。そして、わしは魔法を使うとき、贄が必要。その贄に自身の寿命を使うておるのだ」
自身の寿命を——にわかには信じがたい。が……。
「それがまことなら、マグナを滅ぼしたのは、おまえではないのか? あの魔法をかけたのは、おまえでは?」
アクィラは首をふる。
「それは、わしではない」
「では、おまえの目的はなんだ? おまえの神の最後の願いとは?」
「リーリウムレギーナは心優しい花だ。わかるだろう?」
——コルヌ……コルヌ?
二人の気配を察知し、ドラコレクスの影が迫ってきた。
かわいそうに。もう原形をとどめていない。崩れかけた砂山だ。なんとなく竜の形骸だけ残している。
それでも存在しようとしている。何がそこまで、竜神をかりたてるのか?
「ドラコレクス。もうよせ。なぜ、人を害する。おまえは生前、誇り高き神だった。歴代の神のなかでも、もっとも強く賢き、破壊と創造の神。コルヌレクスに会いたいのか?」
——コルヌ……?
「おれはコルヌの化身だが、コルヌではない。接点のないおれはただの人としてのコルヌだ。コルヌレクスと意識を共有していないのだから」
竜神の影にはもはや、まともに聞く力はないようだ。ただ、コルヌではないという事実だけ解した。
とつぜん、竜神は猛り狂った。ケルウスをにぎりつぶそうと両手を伸ばす。雄叫びをあげながらあける口はそのまま崩れ、ケルウスの上に影のかたまりとなって降りつもる。
「ドラコレクス! コルヌに何を伝えたいのだ。おれが必ず、接点をとりもどし、彼に伝える!」
ダメだ。咆哮が返ってくるだけだ。
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