第39話 追跡者



 夕焼けの最後の残照。

 赤と金とオレンジの空に、青紫と水色の雲がまだらに筋を描いている。

 どこか不吉だ。


 イヤな感じはすぐそばからもする。

 カエルムを出てからずっと、誰かにつけられている気がするのだ。


 それに、なんだろう?

 通りがやけに長い。レクシアは小さな山村だ。端から端まで歩いても半日とはかからない。だがしかし、今はまるで都の通りのように広く長い。


(空間がゆがんでいる?)


 夜が近くなるにつれ、竜神のかけた呪いの力が増している。まるで、この村以外の別の場所に通じているかのようだ。


(神殿へ急がなければ)


 落日までに神殿へついていなければ、呪いはもっと濃くなる。以前、神殿の敷地で時の呪縛にかかったように、体が重くなり、自由に動けなくなるかもしれない。


 アクィラはマグナを滅ぼしてまで、何をなしとげたいのか? アクィラの神はドラコレクスの前のリーリウムレギーナだ。おとなしい百合の神が世界を滅ぼす魔法など望むはずもないのに。


 それにしても、背後の気配がウルサイ。殺気がだだもれだ。


 ケルウスはまっすぐ行くふりをして、直前で脇道に身を隠した。ふりかえると、キョロキョロしながら、つったっているのは、スティグマータだ。カルエムでコルヌの召使いをしている傷だらけの少年。


「バカ。なんでついてきた? 日が暮れると外は危ないんだぞ?」

「ううう……」


 少年は獣のようにうなるだけで、会話は成立しない。そうだった。言葉が話せないのだった。


「まさか、さっきから、おれを殺そうとつけ狙ってるのはおまえじゃないよな?」

「ううう……」


 ダメだ。野良犬といっしょだ。昔に負った怪我のせいで、目元は数えきれない傷に変形し、まぶたが癒着ゆちゃくしている。目が見えているのかどうかもわからないし、表情も読みとれない。しかし、殺気は感じられない。


「宿に帰れ。いいな?」


 しばらく走ってからかえりみると、スティグマータの姿は見えなくなっていた。

 いったい、なんだったのだろう? 何か言いたかったからのような気もするが。


 あれこれしているうちに、日没はどんどん迫ってくる。竜の影が吠える。



 ——コルヌ……コルヌゥ……。



 まだ、コルヌを呼んでいる。


(ドラコレクスはコルヌレクスの前の極管理者。両者の接点はあった。呼ぶのは、そのせいか?)


 おそらく、あれは、まだドラコレクスの統治していた極の時代に、竜神が遺していった分身だ。うろこの一枚から作られた、かりそめの体に、ドラコレクスの魂との接点を刻んだものだろう。


 しかし、その分身はすでに死んだ。ドラコレクスの本体も、彼の極時代がすぎた今、とっくに滅んでいる。竜神の魂があの影に残っているとは思えない。


 だとしたら、コルヌを呼ぶのは、生きていたころの記憶の惰性だせいだろうか? 竜神の最後の思いがそこにこめられているに違いない。よほど大切な思いが。


 アクィラの神はリーリウムだが、その女神はドラコレクスの前任者。ドラコとリーリウムのあいだにも、ちょくせつ、つながりがある。案外、アクィラの目的もそこに関連しているのかもしれない。


(神殿へ。急ぎ、神殿へ)


 竜の影が動きだす。

 以前のときは、その姿を見ないよう、建物のなかにこもっていた。今は遠く離れているのをよいことに、ゆらゆらとゆれながら歩きだすソレを観察する。


 探している。崩れつつある体をひきずり、建物の一つずつをのぞきこみながら、何かを、誰かを探している。



 ——コルヌ……コル……ヌ……わが友……わが、息子よ……。



 ケルウスはもうほっとけなかった。

 この体はただの人間だ。かつての意識を保っていない竜の影が認知してくれるとも思えない。攻撃されたら一巻の終わりだが、それでも、このまま、ドラコレクスをさまよわせておくわけにはいかない。


 通りを一直線に走るケルウスに気づいて、そのへんの霊たちがより集まってくる。



 ——助けてくれェ。

 ——あったかい……光……。

 ——凍えてるんだ。



 どれもこれも、救いを求めている。


「…… 一輪の花の語る、その物語。昔、花が人だったころ。翼持つ竜の神が舞いおり、卵をもたらした。卵は人々を争いへ導いた」


 竪琴をつまびくと、その音色にふれ、霊は溶ける。



 ——あったかい。おお、なんてあったかい光だ。

 ——ありがとう。ありがとう……。



「不死の卵。奇跡の卵。王の求める秘宝。王都は欲望の炎に踊る。残されしは夢。幻。竜の神よ。御身の夢はなにゆえ?」


 ケルウスの歌を竜の影が聞きつけた。ゆっくりと、こっちへ近づいてくる。

 その頭上に穴があき、虚空から魔術師が現れた。アクィラだ。

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