第50話 ウンブラの最期
ケルウスは試しに歌ったが、まったく効果がない。この蛇たちは魔法の産物ではないのだ。生きた実物の蛇。それが、ウンブラの魔法で呼びよせられただけ。
あわてて竪琴を背にかけなおし、ナイフに持ちかえる。が、これだけの数、すべてを退けられるとは思えなかった。
せめてふつうの蛇なら、傷を負っても、ケルウスもコルヌも神の化身だ。再生能力がある。しかし、毒にやられれば息が絶える。ふつうの人同様に、あっけなく死んでしまう。
「ハハハ! 道づれだよ。おまえたちだけはゆるさない。ここで死ぬがいい!」
叫びながら、ウンブラのひざがガクリと地についた。髪が急速に白くなり、ぬけおちる。そのまま、崩れるように大地によこたわる。魔力を使いはたしたのだ。
ウンブラは死んだ。
何が彼女をそこまでつき動かしたのだろう?
邪神を復活させてこの世を滅ぼしたいだなんて、それほどまでの憎悪をいだいていたのか? いったい、誰に? それとも、すべての人間に?
「ウンブラの気持ち、私には少しわかる。私も復讐をとげた身だから」と、コルヌ。
それだけの過去があったのだろう。
ウンブラが不幸だったのは、彼女の痛みをともに嘆いてくれる友がいなかったことだ。
「悪しき魔女だが、おまえのために歌ってやろう。けれど、あとでな。今はここから無事に逃がれることが先決だ」
「せっかく復讐から解放されて、これからは自由に生きられるというやさきに、死にたくないなぁ。まだカルエムから目と鼻のさきにしか来てないのに」
「おれだってイヤだよ」
だからと言って、この状況は絶望的だ。せめてフィデスがいてくれたら、多少は希望があった。戦士と呼べるほどの人物がいないのは痛い。ケルウスがナイフを使えるものの、本職は吟遊詩人。コルヌにいたっては、いるだけだ。
「コルヌ。すまない。旅につれだした直後に、このザマで」
「私は死んだら、コルヌレクスの箱庭で花になるのだろう? せめて、花でもいいから話せたらなぁ」
「聞くことはできるはず。おまえのために、毎日、歌おう」
「ダメもとで走って逃げだせば?」
「蛇は動くものを見たら攻撃してくる。今、とどまっているのは、おれたちがすくんで動けないからだ」
輪の外側にいるヤツらは、すでに獲物はいないと思ったのか、スルスルと別の方向へ這っている。このまま、全部いなくなるまで、じっとしていればいいのだろうか?
が、そう考えた瞬間に、おびえたロバがとうとつに走りだした。
「あっ! 行くな。私の荷物の運び手がいなくなる!」
コルヌが叫んだ瞬間、その手のさきから金色の光が放たれた。コルヌレクスの神気だ。それがあたり一帯を西日のように照らし、まぶしさにケルウスは目を覆った。
光がやんだときには、まわりじゅうの蛇たちは目をまわして気絶していた。ロバも視界がチカチカするのか、立ちどまってフラフラしている。
「これが魔法生物だったら、みんな消滅してたな。ものすごい威力だ」と言いながら、ケルウスはコルヌをながめて失笑した。
「おまえは接点から、コルヌレクスの魔法をひきだせるようになった」
「魔法使いか。なかなかいい」
ロバの手綱を持ちなおし、ヒョイヒョイと蛇をよけながら歩いていく。
「ウンブラをこのままにしていくのか? ケルウス。ちょっと哀れだ」
「蛇たちが目をさましたら、窮地に逆戻りだぞ」
「それもそうか」
まあ、旅立ちのよい景気づけになった。
優美で優雅で、そのくせ、心には激情を秘めている麗人、コルヌ。
彼と行く荒地はなんと甘美で愉快なのだろう。
これからさきも、ずっと、この友と歩いていきたい。
そう願うケルウスだった。
『不死者の卵』了
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