第25話 後宮の怪物

 *



 ケルウスが宮廷にたどりついたときには、後宮が騒然としていた。悲鳴があがり、女たちが逃げまどっている。


「なんだ? 何かあったのか?」


 女たちは次々、後宮のゲートをとびだしてくる。そのなかの一人をつかまえて、ケルウスはたずねてみた。女はふるえながら答える。


「バケモノ……化け物よ!」

「バケモノだと? 後宮にか?」


 しかし、女はケルウスの手をふりきって逃げてしまった。とにかく後宮へ入ろうとしたが、ゲートで門兵に止められる。


「ここはダメだ。男は入れない」


 舌打ちしていると、王宮から見知った人物がやってきた。ラケルタだ。逃げまどう人々と何やら話している。

 ケルウスはかけよっていった。


「ラケルタ」

「ああ、おまえは昨日の」

「後宮に化け物が出たそうだな?」

「私も聞いたばかりで、くわしくは知らぬ。が、一つ問題があるのだ」

「なんだ?」

「陛下が後宮にいらっしゃる」


 それはつまり、国王の命が危ないという意味だろうか?


「ウンブラに助けてもらえばいいのでは?」

「ウンブラは昨日から一度も、自室に帰っていないんだ」


 まだ帰っていないとは、ほんとにどこへ行ったのだろう? これらのさわぎを起こしているのがウンブラなのか、それとも、ウンブラ自身が誰かに殺された……とか?


「では、後宮に入り、助けに行くしかないな」


 ケルウスが言ったのは、そのほうが自分にとっても都合がいいからだ。後宮で何が起こっているのか、この目で見てみたい。竜の卵が関係しているかどうかだけでも確認したいのだ。


「うーん。しかし、なかで化け物があばれている。私は剣の腕前はさほどではないからな。どうしたものか」

「わたくしが参りましょう」と言ったのは、なんと、女戦士だ。銀の胸あてをつけ、大きな盾と剣をかるがる手にしている。銀髪を短く刈りこみ、筋肉質だが、なかなか美しい。


「フィデスか。では、頼む。そなたの一隊をともない、必ず陛下を救いだしてくれ」

「かしこまりました」


 フィデスは隊長らしい。


「待ってくれ。おれも行く」


 ケルウスが申しでると、ラケルタはうなずいた。


「よかろう。そして、今日こそは、約束を果たすように」


 竜の卵を見つけるというアレだ。まだ忘れてはいなかったらしい。やはり、あなどれない青年だ。


 ケルウスはフィデスの隊について後宮の門へむかった。そこから逃げてくる女の数はだいぶへっている。おおかたは逃げたあとか、あるいはなかで動けなくなったのか……。


 しかし、今日は兵士といっしょだ。ケルウスをふくめ、十五人いる。これなら、多少は安心だろう。


「これより、ラケルタさまの命により、陛下を救出に参る」

「ははっ。お気をつけて」


 門番もフィデスの前にはかんたんに道をあけた。二列縦隊で進むフィデスたちについてゲートをくぐる。

 昨日と同じ石畳の庭。

 だが、そこへ一歩ふみいった瞬間に、ケルウスは魔術の波動を感じた。


(まただ。空間が閉ざされた)


 それだけではない。危険な魔法生物の気配を感じる。それも、複数だ。今、この後宮はいくつもの魔法が複数に張りめぐらされた一つの結界になっている。剣で対抗できるかどうか。


「これより、陛下の御座所へむかう」


 フィデスは短い言葉で指令を伝え、後宮の表門から建物へ入った。昼間なので、扉はひらいている。間取りは昨夜の件で熟知していた。表門の真裏が王の寝所だ。


 ゾクゾクと寒気のする感覚。昼なのに、なかは暗い。


 フィデスを先頭に一隊が歩き始めてすぐだ。隊のまわりに黒い影が湧きあがった。まるで地面そのものが、とつぜん粘土と化して、そこから人形が伸びてきたように、ニョロニョロと湧いてでる。一体、二体、三体……あっというまに十、二十と増え、数えきれない。


 泥人形はよく見れば、どれも女だ。半分とけかけた薄気味悪い姿で、ズルズルと這ってくる。


「これは……」


 フィデスもさすがに立ちどまり、青くなる。このような異様なもの、武人も相対したことはなかろう。


 グニャグニャと流動変化する顔のなかに、ケルウスは見知った者を見た。


「女官だ! 昨日、おれたちに宮中のウワサ話を教えてくれた」


 名前も聞いていなかったが、見間違いではない。潜入に協力してくれたラケルタの恋人はいない。たしか、ヘルバだったか。だが、彼女とともにいた女官が複数人いた。


 フィデスは蒼白になりつつも、そこは女ながらに戦士だ。冷静に問う。


「逃げおくれた女官ということか?」

「おそらく」

「しかし、これはどう見ても、もはや人では……」

「魔法のせいだ」


 ウンブラか、アクィラか。魔術師のかけた魔法によって、姿が変えられている。


「もとに戻るのか?」

「わからない」


 一隊のまわりをかこんだソレらは、いっせいに襲いかかってきた。

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