第13話 竜の卵はいずこ?



 ケルウスは肝心な点を聞いてみた。


「ところで、公爵。ノクス王が竜の卵を求めて、軍隊をレクシアへさしむけたことをご存じですか?」


 当然ながら、公爵は知っていた。


「もちろんだとも。レクシアに竜が現れたというウワサは、王都マグナでもずいぶんさわがれた。陛下が竜の卵を得るために軍をつかわされたことも、皆、承知。そのために今世紀最強と名高い魔術師アクィラを向かわせられた」


 アクィラはしかし、ケルウスが神殿に行くまで、呪われた地に閉じこめられていた。彼自身が人を殺してまわっているわけではない。また、それをする理由もない。


「竜の卵は陛下のもとへ持ち帰られたのでしょうね?」


 ヴェスパーによれば、スクトゥムが手に入れている。スクトゥムが王都に戻ったのは一年前だ。とっくに王に献上しているはずだ。


 だが、公爵は意外な答えを返してくる。

「王の軍勢はいまだ誰一人帰ってこない」

「一人も? アクィラは?」

「アクィラも」


 それはおかしい。軍勢の大半が竜との戦いで死んでいるとしてもだ。スクトゥムは王都の手前の街に現れた。一度は王都に戻っているはず。それに、アクィラが解放されたのも、十日以上前だ。今世こんぜ最強の魔術師が、まさか馬がないから歩いて帰ってくるのだろうか?


(アクィラは魔術師。ならば、不老不死を自ら得たくなるのでは? もともと王に竜の卵を渡す気など、さらさらなかったのかもしれない)


 スクトゥムの魔術が暴走したのは、暴走ではない可能性だってある。もとより、アクィラがなんらかの細工をほどこし、自分の手に卵が戻ってくるよう仕掛けていたともとれる。


 考えていると、公爵はさらに不穏な話をしだした。


「じつはな。宮廷にはもう一人、魔法使いがいる。ウンブラといってな。これもアクィラに劣らぬ腕前なのだ。が、性格に問題があって、陛下の信用がない。ウンブラが竜の卵を手に入れたのではないかという、もっぱらのウワサなのだ」

「ウンブラと人殺しに関連が?」

にえだろう。ウンブラの魔法には必ず贄が必要だ」


 魔法を使うごとに生贄を有する——とんでもない魔法使いだ。しかも、その上、性格が悪いというのでは。


「……どんな性格ですか?」

「性格と言おうか、趣味と言おうか。ウンブラは大の美男好きでな。美青年の頼みしか聞かないのだ」

「……」


 ケルウスはウンブラ好みの美男のうちに入るのだろうか? いや、しかし、手を組むにしたって、こっちだって選択の権利がある。ウンブラの容姿にもよりけりだ。


「ウンブラというのは男ですよね?」

「いや。若い女だ。たいそう美しい」


 ああ、よかった。それなら、アタックしてみる価値はある。


「ちなみに、おれはウンブラの好みにあうでしょうか?」

「うーん、どうだろうな。そなたもそうとうな美男だが、ウンブラは好みにものすごくウルサイという話だからな。今は王都一の美形と名高いサッピールス侯爵家のラケルタにゾッコンだ。彼の言葉しか聞かないのでな。陛下はラケルタを重用するしかないというわけだ」


 やはり、都というのは、なかなか複雑だ。


「ウンブラが卵を持っているのか否か。知りたいな。どうにかして、王宮へ入れないだろうか……」


 ひとりごとをつぶやくと、これにも公爵はあっさり、うなずく。


「今夜の任務は皆がイヤがっている。兵士を買収して、代理で獣退治に参加しようと言えば、誰でも代わってくれるだろう」

「じゃあ、そうしてみよう」


 すると、コルヌまで言いだす。


「私も行く」

「いや、おまえはここに残っていたほうが安全だ」

「でも、あるいはラケルタは君より美形かもしれない。だが、私より麗しくはない。ウンブラを説得するには、私が最適だと思う」


 コルヌは言いきった。たしかに、ラケルタがどれほどの美青年だとしても、コルヌにはかなうまい。


「何をおっしゃいますか。あなたをそんな危険なめにはあわせられない。命がけの仕事は、ここなる下賤げせんの者に任せておきなされませ」

「さようですわよ。コルヌ。ムチャは言わないで」


 公爵夫妻は激しく反対する。ちなみに、『ここなる下賤』はケルウスのことだろう。


「まあ、公爵の言うとおりだな。コルヌは戦えないんだから、残れ」

「イヤだ」

「何があるかわからない」

「女の相手なら、君よりなれてる」


 それはそうなのだが、なぜ、こんなに不安なのか。

 コルヌを危険のさなかへ送りこみたくないのは事実だが、それ以上に胸の奥がチリチリする。幻視者としての予知に近いものだろうか?


 コルヌを王宮に入れるのはよくない。

 わかってはいるのだが、阻止もできない気がした。それが定めだとでもいうように……。

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