第12話 王都マグナ



 王都マグナ。

 つい近年に王朝が代わり、造られたばかりの真新しい都だ。完成してから十年あまり。


 王の名はノクス。以前の王朝では将軍だった男だ。次々に周辺諸国を制圧し、領土を広げ、残酷王の名を欲しいままにしている。


 この都にケルウスたちが到着したのは翌日だ。カルエムを出てから十日め。馬車のおかげで早くついた。

 都全体が赤い石でできていた。近くに石切場がある。この地でのみ採れる赤大理石だ。赤と言っても褐色に近いが、夕映えのなかでなら、燃えるようにあざやかな真紅に輝くだろう。別名、赤玉の都。


「王は気に入らない者はすぐに首をはねるらしいからな。卵を探すにしても、慎重にしなければ」

「私は都の見物でもしているよ」

「どっちみち、拠点が必要だな。一日や二日で見つかるとは思えない。スクトゥムが王に渡してから、ああなったのか。渡す前に魔術が暴走したのか。そこが肝心だ」


 コルヌはかんたんに言ってのける。


「では、アージェントゥム公爵家へ行こう。夫婦で私を可愛がってくれたから、歓迎してくれる。身請けしたいと言った人たちの一人だ」

「夫婦で……」

「とても気前のいい人たちだよ」

「……」


 しかしまあ、公爵ならば社交界での地位が高い。王に近づく手段も持っている。コルヌが頼めば聞いてくれるかもしれないし、利用させてもらうことにした。


 王都マグナは街のすべてが高い石塀にかこまれ、広くて大きな建物ほど奥にある。王城は最奥の高台にあった。背後はけわしい山だ。守りがかたい。


 アージェントゥム公爵の屋敷は王城にもっとも近いあたり。宮廷官吏をしており、職務は財務大臣。公爵は留守だったものの、五十代の人のよさそうな夫人が出迎えた。コルヌの客なのかと思うと複雑だが、歓待はしてくれた。


「まあ、コルヌ。嬉しいわ。あなたに会えるなんて。夫は今、宮廷に出仕しているの。でも、あなたの顔を見たら、きっと喜ぶわ。今夜は豪華な晩餐にしましょうね」

「ありがとう」


 豪華な晩餐もいいが、それより、ケルウスには気がかりがあった。華麗な尖塔のある屋敷に近づいただけで、あのイヤな感覚を味わう。この屋敷というよりは、ごく近くから。そう。王宮だろう。瘴気につつまれている。


「公爵夫人。ご夫君は宮廷だというが、このところ、宮中で変事はないだろうか?」


 コルヌの手をにぎったり、髪をなでたりして猫可愛がりしていた夫人が、あっさりとうなずく。


「あります」

「どんな?」

「もうじき夫が帰ってくるでしょう。近ごろ、なるべく、あそこには長居しないようにしていますから」


 言葉どおり、公爵はまもなく帰ってきた。これまた、コルヌを見ると抱きしめたり、頬に接吻したりなどする。コルヌは娼婦属性全開で甘え倒していた。


「晩餐を豪華に——」

「いや、公爵。そこはいいので、話を聞かせてください。王宮でおかしなことがあるのだとか?」


 小柄なチョビひげの公爵は、ケルウスたちを家族の居間に招き入れ、香り高いローズティーをふるまいながら話してくれた。菓子も高級な砂糖をふんだんに使った極上品だ。


「最初の犠牲者は女官だった。王のハーレム内の夜間見まわりをしていた最中、何者かに襲われた。翌朝、彼女の死体が発見されたときには、手足がちぎられ、腹の肉がゴッソリ食われていた」


 これがレクシアのような田舎なら、熊か狼の仕業という可能性もすてきれない。しかし、これだけ堅固な壁に守られた都会では、それはありえない。猛獣でも放し飼いにしていれば話は別だが。


「まさか、宮殿で異国の猛獣でも飼っているわけでは? 獅子ししか、とらでも?」


 公爵は否定した。

「宮廷で飼っているのは南国の鳥だ。孔雀くじゃくだな」

「孔雀は知っている。繁殖期のオスはたまに人を攻撃するが、それも殺すほどではないな」

「あとは馬。猟犬はいるが、人になついている」


 猟犬……昨夜のスクトゥムの異様な姿を思いだす。あれは幻ではなかった。現実のスクトゥムの体が魔術により作りかえられたのだ。


(すでに人肉を食べていた。ということは、スクトゥムがやったんだろうか?)


 考えつつ、ケルウスはたずねる。


「最初の犠牲者とおっしゃいましたね。ほかにも被害が?」

「うむ。それから毎晩、一人ずつ、同じ方法で殺されている。昨夜はついに、陛下の愛妾エブルさままでが。身分は低いものの、陛下はたいそう可愛がっておられた。怒り狂っていらっしゃる。本日は夜を徹して、獣をあぶりだす算段だ」


 やはり、スクトゥムのせいか? それとも別の要因か?

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