第44話 王を殺したのは?



 今まさにヴェスパーを丸飲みにしようとする人蛇の前にとびだし、ケルウスは歌う。


「今こそ、聞け! 堕ちし神の嘆きを。わが友。わが神がため。捧げる吟遊詩人キタロエドゥスの声を!」


 セルペンスの顔をした人蛇は苦しみながら逃げだす。が、そっちはコルヌの部屋の方向だ。


「ヴェスパー、アラネア。おまえたちは自室にこもり、朝まで出てくるな。いいな?」


 青ざめてうなずく女たちと別れ、ケルウスは一人、コルヌの部屋へかけこむ。


「コルヌ!」


 コルヌは部屋のまんなかに立ちつくしている。その全身に人蛇がからみついていた。


「ウンブラ! コルヌから離れろ!」


 ヘラヘラと笑う声は、たしかにウンブラだ。


「そうはいかないね。約束は守ってもらわなくちゃ」

「約束?」

「魔法を使ってやった代償だよ」

「……」


 やはり、そうなのか?

 ケルウスの胸は重くふさがれる。


「……まさか、王を殺したのは、コルヌに望まれたからか?」


 ウンブラは笑う。

 かわりに、コルヌが答えた。


「ノクス王を殺したのは私自身だ。この手で仇をとりたかったので、ちょくせつ殺させてくれと頼んだ」

「コルヌ……」


 嘘だと思いたい。そんなことは不可能だと。だが、そうではないかと予感はしていた。


「違う。そんなはずない。だって、おれがおまえを助けに後宮まで行ったとき、王はまだ生きていた。ちゃんと寝息が聞こえたんだ。二人で隠し通路から逃げた日の昼まで、王は人前にも姿を現してる。そのあと、おまえは王に近よれなかった」


 ふふんと、ウンブラがコルヌのまわりをグルグル這いながら語る。


「そんなのかんたんさ。王が殺されたあと、そっくりの姿に化身して、王のふりしてたのは、あたしだよ。王は前の日の昼にはもう死んでたんだ」


 衝撃をおぼえつつも、それなら納得がいく。

 そう言えば、あの日、どれだけ探してもウンブラは見つからなかった。彼女の岩屋は無人。その後もずっと帰ってこなかったと、ラケルタが言っていた。あれが王に化けていたからだとしたら……。


「しかし、なぜだ? コルヌが王を殺す必要などない。そうだな? おまえはやっていないな?」


 否定してほしい。さっきの言葉は間違いだと言ってほしい。だが、コルヌの唇からもれたのは、残酷な事実だ。


「私が命じたんだ。ノクスの作ったすべてを滅ぼしたかったから。私自身の手でノクスを殺害したあと、次の魔法をかけるまでの時間かせぎに、ウンブラをノクスに化けさせた。そののち、王都を……」

「コルヌ……?」


 コルヌの薄紫色の瞳が悲しげにケルウスをながめる。


「ノクスの滅ぼした王朝には、古来より王子を一人、祭祀さいしとして神殿に捧げる風習があった。コルヌレクスを祀る神殿へ、私は赤子のころにあずけられた。そう。私は前王イグニスとその正妃テッラの末子だ。十年前、ノクスの謀反で王家が滅びたときは、まだ九つだった。戦火があがり、神殿へ逃げてきた父母は、私の目の前でノクスに殺された。私は凌辱を受けたあげく、同じくノクスの剣で刺された。この目を失ったのは、そのときだ」


 コルヌは眼帯をした右目を押さえる。


「だが、私は生きていた。片目をなくしたが、かろうじて息はあった。ノクスは死んだと思ったのだろう。すておき、去っていった。だから、私は復讐を誓った。必ずやいつの日か、ノクスを倒すと。ノクスの築いた王国ともども滅ぼすと」


 コルヌレクスの箱庭を夢でおとずれていた巫子。あれは、やはり、コルヌだったのだ。名前が神と同じなのは、巫子だから。


「夢でコルヌレクスに感応している?」

「それができるよう、子どものころから修行してきた。私は神の言葉を人々に告げる役目をになっていた」

「姿が似ているのは?」

「それは夢で何度も神と感応したから。私のなかに、コルヌレクスの神気がたくわえられていったのだろう。それが私を変えていった。もともとは、もっと母に似ていた」

「コルヌレクスの初体ではないのか?」


 それについては、コルヌは首をふった。


「何を言っているかわからない」

「そうか」


 王を殺したのは、コルヌだった。

 両親を殺され、自らも穢され、殺されかけた。それだけではないだろう。前王朝は滅亡したのだ。おそらくは兄王子たちもすべて殺された。王宮は破壊され、民まで殺され、王国は呪われた地となった。

 コルヌがノクス王を恨んでもしかたない。


 でも、違っていてほしかった。コルヌには美しいままで。


「おれがおまえを慕わしく感じたのは、きっと、神の夢のなかで会ったからなんだな」


 ケルウスのなかにあるコルヌレクスの記憶は、どこかぼんやりしている。それでも、愛しく感じた。


「コルヌ。だからと言って、マグナを滅ぼしたのは、やりすぎだったのでは?」

「私たちがされたことをやり返したまでだ。それに私は民衆には手を出さないよう、ウンブラに頼んだ。ノクスは都の人々をも虐殺したのだぞ?」


 ノクス王だけはコルヌ自身が殺害し、その後、王都を攻めた燃える死者の大軍は、ウンブラの魔法だったのだ。


「ウンブラの魔法には生贄が必要なはずだ。ノクスの宮殿を焼きほろぼすために、おまえが支払った代償は?」


 コルヌはさみしげに微笑む。


「私の命」


 やはり、あのとき、ウンブラにさらわれてはいけなかったのだ。とり返しのつかない事態におちいりそうな気がしていた。きっと、のちに悔やむだろうと。

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