一章 いにしえの村レクシア
第1話 竜が降りた村
雪が降りつもる山間の村レクシアへ、ケルウスがたどりついたのは夕暮れ時だった。思っていた以上に冬の到来が早く、途中の街道が埋まってしまっていたのだ。
ああ、やっとついたと、ケルウスは安堵した、あのウワサを聞いてからというもの、一日も早く、この街へ来たくてしかたなかった。
竜が現れたというのだ。竜は神だ。何百年も昔ならともかく、魔法は錬金術にとってかわられ、天文学が日々、新しい発見をしてくれるこの世の中に、竜が。
もしそれが事実なら、古くさい吟遊詩人なんて生業をしているケルウスの存在も、まだまだすてたものではないだろう。
ひとめでいいから、竜を見たい。その一心で来たものの、村のふんいきがなんだかおかしいと、よそもののケルウスにも、すぐに察せられた。
山あいの谷間、崖の上の盆地にひろがる小さな村だ。そのわりに建物の数は多く、宿や酒場がところせましとならんでいる。おかげで道がせまい。人間一人が通るのもやっとの細い路地がクネクネと建物のあいだに伸びていくさまは、まったく迷路だ。
いや、おかしいのはそれじゃない。これほど人間が密集しているからには、にぎやかな村のはずだ。なのに、どの家も日没と同時に大急ぎで窓の
何かを恐れているようだ。
「待ってくれ。ここは宿なんだろう? 今晩、泊めてはくれないか?」
今まさに表口の扉を閉ざそうとする女に声をかける。が、鼻先で荒々しく扉を閉めきられた。信じられない。これでも、ケルウスの顔を見れば、たいていの女は親切にしてくれるのだが。
「いったい、何事だ? 宿が客を泊めないなんて、商売あがったりだろうに」
そうするうちにも、周囲の宿はどこも戸口が閉まり、旅人はしめだされてしまった。困りはてた人々が、あぜんとする。
「どうする? 宿が」
「雪が降ってるんだぞ。外では凍え死ぬ」
「そうだ。神殿へ行こう。少なくとも雪はしのげる」
そんな話をしながら、二人組の親子らしいのが、ケルウスのよこを通りぬけていった。
その神殿こそがウワサのドラゴンが舞いおりたという場所だ。
古代にはたいそう繁栄した神殿。祀られていたのは聖なる竜だ。この村と周辺の街を守り、人々に知恵をさずけたのだという。
おかげで、当時、この村はとても栄えた。山の上に神殿を築き、そこに住む竜に会うため、おとずれる巡礼者があとをたたなかったという。
でも、それは千年も前の話だ。竜はとっくにいなくなり、神殿はすたれ、レクシアはただの片田舎の村にすぎなくなった。それなのに、ふたたび竜が姿を見せたというから、来てみたのだが。
この村の異様なふんいきは、竜のせいなのだろうか? それとも別の理由?
それにしても、今から山の上までは行けない。山肌を見れば、神殿までの道はある。それでも、歩けば一刻か二刻はかかるだろう。当然ながら、山道には灯りもないし、じきに日が落ちて真っ暗になる。夜の山を歩くのは危険だ。竜は出ないだろうが、狼はいるかもしれない。
ケルウスはどこかの馬屋にでも、もぐりこもうと考えた。さっきまで、どの家も戸口はひらいていた。つまり、夜が明ければ、住人は出てくる。そのときに事情を聞けばいい。とにかく、今夜一晩、雪をしのぐことだ。
しばらく街路を歩きまわった。だが、入りこめそうな馬屋も納屋も見つからない。塀でかこっているようだ。もともと迷路のような造りもあって、しばらくすると、自分がどこにいるのかわからなくなった。
しかたない。近くを見れば、出窓があった。あそこの下にもぐりこめば、いくらかマシだろう。
ケルウスはマントに身をつつみ、出窓の下にすわりこんだ。風がないのが幸いだ。たしかに雪はよけられる。寒さまでは防げないが。
なけなしのパンをかじりながら、村外れにあった井戸で水をくんでおいてよかったと、彼は考えた。質素な食事のあとは眠るだけだ。あまりの寒さに体がふるえる。これでは寝られない……。
そう思いつつ、いつのまにか、ウトウトしていたようだ。目がさめたのは、どこからか奇妙な音が聞こえたからだ。最初は風のせいだと思った。大木のこずえをゆする風。
いや、それにしては地面の底から聞こえてくるような?
間違いない。石畳がゆれている。
深い地中から大勢の悲鳴がとどろくかのような不気味な音だ。それは、たしかに人の声。それとも獣か?
(なんだ? これは?)
ここにいてはいけない。
何かが来る。
見てはいけないものが。
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