第40話 ◆第2ラウンド

 お嬢サマ軍団がドドーンと立っている。

 もちろん真ん中にお嬢サマ、そして両並びに2人の……お嬢サマのお友達だろうか。

 威圧感も半端ないが、様々な香水の匂いが混ざり合ったフローラルな臭いが私たちのほうまで漂ってくる。

 これ以上絶対に近寄らないでおこう。

 臭いが服に着くのも嫌だし、気持ち悪くなって絶対グロッキーになる。


 今から面倒くさいことが起こる予感しかしない。


 理人お兄ちゃんのほうを大々的に見ると前の5人に睨まれるだろうから、どんな雰囲気を醸し出しているか、そっと隣の気配を読むことにした。

 私の意識が自分に向けられたのが分かったのだろう。腰に置かれている理人お兄ちゃんの手に少しだけ力が入った。そして、2回ポンポンとたたかれた。大丈夫だと言うように。

 たったそれだけで不安が吹き飛ぶ。


 大丈夫!

 私の隣には理人お兄ちゃんがいる。

 第2ラウンド乗り越えてみせる!!




「先ほどは取り乱してしまい大変失礼いたしました。本当に申し訳ありません」


 お嬢サマがしおらしく口火を切った。

 理人お兄ちゃんに良く見られたいのか、控えめで、遠慮がちで、健気さを演出している。さっきとはまるで別人だ。ただ、今さら取り繕っても同じでは?と思わないでもないが……。



「お気になさらないでください。事実無根の噂が消滅したおかげで迷惑を被ることもなくなりましたので」


 こちらは爽やかに宣っていらっしゃいますが、言っていることはなかなか辛辣だ。目の前のお嬢サマの顔が若干引きつっている。



 げっ! 目が合った。

 ターゲットを私に変更したと瞬時に理解した。

 私のことは気にせず、もっと理人お兄ちゃんにアプローチしてください!



「改めまして、烏丸からすま璃麗衣りりいと申します。本日はお越しくださいまして、ありがとうございます」

「はじめまして。礼桜れおと申します。本日はおめでとうございます」


 パーティーが始まる前に招待状を見せてもらったので、容易に名前の漢字が思い出された。


 〝リリー〟という読み方は、百合の花(Lily)を連想させる。

 黒いカラスの下で咲く白い百合。

 実際に会ったお嬢サマと名前を結び付けると、カラスや百合の威圧感がより増す。そして、なぜか毒々しさも感じてしまった。百合は犬や猫にとっては毒で、命取りになることもあるからだろうか。

 名前の漢字からは宝石(瑠璃)や容姿の美しさ、着飾った衣服などを想像したが、お嬢サマ本人からもそれらが溢れ出ている。


 名は体を表す——人や物の名は実体や本性をよく表す。

 昔の人の言葉は的確で、言葉づくりのセンスが抜群だと改めて感じた。


 しっかし、渋滞するほどいろいろ詰め込まれている名前だなぁ。

 見るからに各数が多いから、名前を書くとき大変だろうなぁ。自分に置き換え、テストの時を想像するだけで辟易する。



「ありがとうございます。レオさんとおっしゃるの?」

「はい」

「上のお名前をお伺いしても?」

「…………」


 名字を名乗らない私に対して、非常識だと蔑む眼差しが5人から一斉に向けられた。


「私の希望で、名前だけ伝えるよう彼女にはお願いしているんです」

「えっ? ……理人さんの、希望、ですか?」

「はい。彼女が次に公の場に出てくるときは「九条」になっていますので」

「そ……う、ですか」

「ええ」


 にこやかに答える魔王様。

 このターンでもお嬢サマは理人お兄ちゃんにスパッと言い切られている。有無を言わさぬこの切れ味。


 甘い言葉を吐いているようで実は、九条法律事務所で働き始めたら女性除けでパーティーに連れ回すからよろしく!ってことだ。

 こんな針の筵のような場所、もうこりごりだ。次回までに何とかして対策を考えねば!


 だけど……そのとき私と九条さんはどんな関係になっているのだろう。結婚しているのだろうか。私はまだ高校生だから結婚に対する具体的な未来が描けない。このままずっとお互いを想い合って結婚できればいいなという漠然とした願いがある程度だ。



「あと、申し訳ないのですが、私のことは名前ではなく名字で呼んでいただけませんか? 彼女に要らぬ不安や誤解を与えたくないので」


 理人お兄ちゃんは蕩けるような双眸で私を見てきた。




「それは失礼いたしました。九条さんはレオさんのことが大切なのですね」

「ええ、それはもう。目に入れても痛くないほどに」


 その言葉、親や祖父母が娘や孫に使う言葉では?

 お嬢サマは気付いてないみたいだから、まいっか。


 目の前から鋭い視線を感じる。

 そっと目を合わせると、5人からものすごい勢いで睨まれていた。


 

「れおさん……、ふふっ、ごめんなさい。昔飼ってた愛犬と同じ名前なので、思い出してしまって」

「リリイが飼っていた犬も? 私の愛犬もレオっていうのよ!」

「そうなの?」

「ええ」

「うちは飼っていたカメレオンにレオと名付けましたわ」

「私のお友達は男性なんですけど、〝れお〟という名前なんですよ」

「確かに学年に一人ないし二人は〝れお〟という名前の方がいましたね」


 皆さん、楽しそうにお喋りしているので、このままフェードアウトしてもいいだろうか。

 隣にいる魔王様から冷気が流れ出ている気もするので。


 5人は私を蔑みながら嘲っている。

 皆さんお綺麗なのに、勝ち誇ったような歪んだ表情が残念でならない。



「そうなんですね。同じですね」

「え……」



 申し訳ないが、犬の名前と同じだとか、男子と同じ名前だとか、そんなのは幼稚園の頃から言われ慣れている。いまさら痛くも痒くもないし、(へえ、そうなんだ~)ぐらいにしか思わない。私が傷つく様を見て嘲りたかったのだろうが、ノーダメージだ。


 反対に、私をバカにして見下していた5人は相当悔しいようで、さらに怒りを孕んだ眼差しで私を睨んでいる。



は礼桜という名前が大好きだよ。名前の漢字がとても綺麗で、礼桜と呼ぶだけで愛おしくなる」


 理人お兄ちゃんに抱きしめられ、こめかみにキスを一つ落とされた。


 !! またキスした!!?


 理人お兄ちゃんを見上げると、辛そうな顔をしていた。

 私が傷ついていないか心配しているのが分かる。気にしなくていいと、理人お兄ちゃんの抱きしめる手が、温もりが、眼差しが、そう伝えてくる。私は平気なのに、全く傷ついてもいないのに、理人お兄ちゃんのほうが辛そうだ。

 私を気遣う優しい双眸に引き寄せられるように理人お兄ちゃんの頬に手を添え、私は大丈夫だと微笑んだ。理人お兄ちゃんも私の手に自ら頬を擦り寄せ、微笑み返してくれる。


 よかった。どうやら伝わったみたいだ。



「な、なにをなさっているの!!?」


 お嬢サマの困惑した悲鳴のような問いかけに我に返った。


 しまった!公衆の面前で私は何ということを……。側から見たらイチャイチャしてるだけのバカップルではないか!?

 恥かしい。穴があったら入りたい。

 そんなんじゃないんですーーー!!!と叫びたい。


 一人心の中で悶えていると、「「「「「ひいぃぃぃぃ」」」」」という声が聞こえてきた。

 何の声だろうと意識を現実世界に戻すと、目の前に怯える5人の姿が飛び込んできた。

 何となく理解したので、そおっと隣を伺い見ると………、私でも目を逸らしたくなるほど理人お兄ちゃんが怒っている。

 絶対零度以下のキンキンに冷えた双眸に、烈火のような怒りを乗せ、静かに5人を見据えている。

 理人お兄ちゃんの恐ろしいところは、不良や裏の世界の人とは異なり、静かに、佇むように、時には笑みを浮かべながら見ているだけなのだ。それなのにものすごく怖いのだ。自分を大きく見せるために虚勢を張る人たちなんかとは格が違う。


 5人を見ると、取り巻きのお友達が震え始めているのが分かった。このまま放っておくと気絶するかもしれない。


 やばい、やばい、やばい。



「理人ぉ…さん!!」


 私には理人お兄ちゃんの意識を自分に向けさせることぐらいしかできない。

 理人お兄ちゃんに抱きしめられたままなので、その姿勢のまま胸元をポンポンと叩いた。


「理人さん!」


 私を見た瞬間、理人お兄ちゃんは元に戻った。


「ん? どうした?」

「怒ってくれてありがとうございます。でも、私は大丈夫ですよ。幼稚園の頃から言われ慣れているので、でもないです」


 あえて〝屁でもない〟という俗語を使ってニカッと笑うと、理人お兄ちゃんは一度大きく息を吐き、怒りを逃がしてくれた。


 よかった。もう大丈夫かな。



「私の大切な人を侮辱しないでくださいね」


 怒りを逃がしたとはいえ、まだ許してはいないようだ。



「申し訳ありません。そんなつもりでは……。もしよろしければ、お名前の漢字を伺っても?」

「今さらなぜそれを聞く必要が? 教えるつもりはありませんし、これ以上お話しすることもありませんので、これで失礼します」


 再び私の腰に手を添え、5人の前から立ち去るべく歩き出した。


 めっちゃ睨まれてる。

 めっちゃ睨まれてる。

 めっちゃ睨まれてる。

 めっちゃ睨まれてる。

 めっちゃ睨まれてる。



「礼桜ちゃん、何か美味しいもの食べよう」



 あれだけ鋭い視線をもらっているのに、私の隣の魔王様にとったら羽虫程度の視線なのだろう。


 この最強メンタル、見習いたい。




 とりあえず、第2ラウンド終了かな?

 今回はなんかあっけなかったな。













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