第47話 想い想われ振り振られ(洸視点)①

 俺は今ホテルのロビー内にあるカフェで優雅にコーヒーを飲んでいる。

 ……のは表向きで、ひそかにホテルを利用する人の出入りをチェックしていた。


 このカフェはホテルのロビー内の一角にあり、カフェとロビーの仕切りは観葉植物が担っている。俺の席からは、カフェの中はもちろん、窓を通してホテルの外、またエントランスの自動ドア付近もよく見える。本来なら仕切りとして置かれている観葉植物の側の角の席に座るのだが、この席はわざと空け、一つ隣の席に座った。


 カフェ内はゆったりとした時間が流れている。


 座席は全て座り心地のいいソファー席となっており、席数も多く、まだまだ席にゆとりがある。コーヒーを飲みながらゆったりとした時間を過ごしたい客は、わざわざ隣に人がいる席は選ばない。カフェに来た客は皆、両隣が空いている席を選んで座っていく。もちろん席を選ぶ際に一度は俺の隣の角の席を見るが、隣のソファーで俺がくつろいでいるため、全員避けていく。

 狙いどおりだ。



 ほんの数十分前までしゅうも一緒にコーヒーを飲んでいたが、ある一報が入り、嬉々としてカフェを後にした。

 パーティーに参加していた烏丸からすま璃麗衣りりいの遊び仲間の男たちが、俺らの思惑どおりらかしやがった。


 関係者以外立入禁止の部屋に入りスポットライトを勝手に使用するという何ともしょうもない遣らかしだが、遣らかしは遣らかしだ。


 奴らと接触できるチャンスを俺らが逃すわけないやろ!


 俺も蹴と一緒に行くか迷ったが、男4人なら蹴一人で問題ないのでやめた。

 俺はひと月ほど前に奴らを事情聴取しているため面識があり、思い出されると厄介なので、このままカフェに残り人の出入りをチェックすることにした。


 スタッフと共に取り押さえたしゅうは、話を伺うという目的で奴らを別室に連れていったようだ。





◇◇




 理人が礼桜ちゃんを連れて店内に入ってきた。


 コーヒーを飲みながらさりげなく二人に目を向ける。理人はさることながら礼桜ちゃんもドレスアップしているため、お似合いの美男美女カップルとしてものすごく目立っている。カフェにいる客全員が二人をチラチラ見ていた。


 礼桜ちゃんと手を繋いでいる理人は、スマートなエスコートでさりげなく観葉植物側の角の席、俺の隣の席へと誘う。この角の席は、ホテルの外から窓を通して見ても見えにくく、またロビーからも観葉植物があるため人が座っているのは分かるが顔の判別ができない死角となる。


 カフェにいる客に顔をじろじろ見られなくて済むように、理人はあえて俺の斜め前のソファーに礼桜ちゃんを座らせた。俺の斜め前に座ることで、客からは礼桜ちゃんの後ろ姿しか見えない。カフェ内を一望できず目の前には観葉植物しかないので礼桜ちゃんは退屈だろうが、我慢してもらうしかない。礼桜ちゃんの顔をあまり晒したくない。これは礼桜ちゃんを隠したい俺らの我がままだ。



 立ったままの理人は少しかがむと、ソファーに座った礼桜ちゃんの肩に手を置き話し始めた。


「礼桜ちゃん、ごめん、少しの間ここで待っててほしいんだけど」

「分かりました。あの、理人お兄ちゃんは……」

「俺は今からスポットライトを勝手に使用した奴らと会ってくる。蹴が拘束して別室に入れてるみたいだから、ちょっとそいつらと話をしてこようと思って」


  「………たしかに、目が潰れるかと思うくらい眩しかった。スポットライトを当てられるなんて初めてだったから、こういうものなんだと思ってたけど違ったんだ……。なるほど。あれはスタッフさんじゃなかったのか……」


 思っていることがブツブツと口から漏れ出ている。

 時々礼桜ちゃんは今みたいに考えていることを呟きながら垂れ流すときがある。その内容がおもろくて、純粋で裏がなくて、可愛くて。

 礼桜ちゃんが垂れ流す呟きを聞くのが好きな俺らは、誰一人として「口から漏れ出てんで」と礼桜ちゃんに伝えることはしない。


「お嬢サマのがやったみたいだね」


 毎回礼桜ちゃんの呟きに答える理人。


 その度に礼桜ちゃんは(何で私が考えてることが分かったんだろう)って顔で驚いて見ている。むしろ(理人お兄ちゃんは心が読めるに違いない)とか思ってそうだ。


 礼桜ちゃん、理人は面白がってあえて会話をしてるんやで。



「そうなんですね。じゃあ私はここで待ってますね。理人お兄ちゃんも気を付けてくださいね」

「ありがとう。礼桜ちゃん、絶対に動いたらダメだよ! もし何かあったら……」


 「あきらがいるから」と礼桜ちゃんの耳元で囁き、理人はさりげなく目線を斜め前に座る俺のほうへと向けた。


 その視線を追って俺を視界に捉える礼桜ちゃん。


 髪を下ろし、湊特製の眼鏡をかけている俺に気づいた礼桜ちゃんは、瞬く間に瞳が輝き、顔もぱあっと明るくなると、満面の笑みで俺を見てきた。その眩しいくらいの笑顔に応えてやりたいが、表向き俺と礼桜ちゃんは見知らぬ他人なので笑いかけることも話しかけることもできない。なので、コーヒーを飲むふりをして、ほんの少しだけ口角を上げた。

 俺のその行動で(今は他人のフリだった!)と思ったのだろう。礼桜ちゃんは正面を向くと、少し下向きながら嬉しそうに口角を上げた。


 ホンマに可愛いな。



 一連のやりとりを見ていた理人は、ものすごく優しい顔で礼桜ちゃんの頭をポンポンと叩くと、カフェラテを注文し店を後にした。




◇◇




 座り心地のいいソファーに体を預け、コーヒーカップを口元へと運ぶ。その際、気づかれないように素早く周囲を観察した。特に異常はないようだ。


 斜め前に座る礼桜ちゃんは、ふわふわに泡立てたミルクで可愛いクマが描かれたラテアートに感動し、目を輝かせながら写真を1枚撮ると、クマが崩れないようにそっと口につけ一口飲んだ。


「美味しい」


 独りちている。





 自分の顔が俺以外の客からは見えないと気づいた礼桜ちゃんは、俺に目配せすると、体で隠しながら携帯を俺のほうへ向け、さりげなく本が読めるアプリ画面を見せた後ニコッと笑った。俺と話すこともできないため、理人が帰ってくるまでどうやら携帯で本を読むつもりのようだ。





 礼桜ちゃんや晴冬と出逢ってもうすぐ4か月か……。



 最初は、真面目で大人しそうなどこにでもいる女子高生が引ったくりを止めたという事実に驚いたが、中身を知れば知るほど納得がいく。大人しそうに見えるのは外見だけ。学校生活においては真面目だが、結構いたずら好きだし、清々しいほど卑怯な手をいつも真剣に考えているユニークさもある。そして、一人で突っ走る行動力と物怖じしない胆力も備わっている。

 何より厄介なのは、礼桜ちゃんはややこしい奴らを引き寄せる性質たちのようで目が離せない。

 ……かくいう俺たちも十分ややこしい奴らの部類に入るやろうけど。


 この前も善さんの店で「次から次へとややこしい奴らばっかり引き寄せるアレをどうにかしたい」と湊がボヤいていた。


 礼桜ちゃん本人は、ややこしい奴らを引き寄せる性質たちであることを全く自覚していない。

 よく今まで無事に生きてきたと思う。


 そんなのほほ~ん礼桜ちゃんと、礼桜ちゃんに振り回されている湊。


 湊は溜息をつきながらボヤいていたが、礼桜ちゃんを手放すつもりは微塵もなく、どうやったら一掃できるか真剣に考えている。礼桜ちゃんがいるから、物騒なことはせえへんとは思うけど……。



 ほんまに恋の力はすごいと思う。

 自分の唯一を見つけた瞬間から湊は努力をし始めた。


 頭も良く、身体能力も高く、世間一般でいうところのハイスペックイケメンなのだが、可愛げがなく無愛想で、いつもどこか冷めた目で世の中を見て俺ら以外の他人に心を開かない。それが九条湊という男だった。


 礼桜ちゃんに一目惚れした湊は、出逢ったその日に遊びの清算をした。

 礼桜ちゃんの隣に立てる男でありたい、彼女に対してはいつも誠実でいたい、彼女を守りたい、共に歩いていきたい、毎日笑い合っていたい。

 その想いが、湊をいい男へと変えていく。


 そして、かなり重い一方的な片想いは、礼桜ちゃんと両想いになったことで、願望から実現可能な未来へと変わった。自覚が伴った湊は、また一回り成長したように感じる。



 本を読むふりして、そんな湊と礼桜ちゃんのことを考えているときだった。




 スーツをパリッと着こなした一人の若い男が、ソファーに座る礼桜ちゃんめがけて颯爽と歩いて来た。



れいちゃん」



 チッ。やっぱり現れやがったか。





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