第48話 想い想われ振り振られ(洸視点)②


れいちゃん」



 礼桜ちゃんに付き纏っているストーカー帝塚てづか伊臣ただおみが、礼桜ちゃんの斜め後ろ、俺のテーブルの前で立ち止まった。


 礼桜ちゃんとは無関係を装っているため、俺は眉間に皺が寄りそうになるのを必死に耐えた。

 緩慢な動きでコーヒーカップを持ち上げ、ゆっくりと口元へと持っていきながら二人の様子を窺うことにした。



「高丘さんね」


 背中越しに声を掛けられた礼桜ちゃんは、何でお前がここにいるんだとでも言いたそうな顰めっ面で振り向いている。


「ふふ、礼ちゃん」

「高丘さんね」

「礼ちゃんの前の席に座ってもいい?」

「高丘さんね。ほかの席も空いてるから違うところに座れば?」

「え~、ここがいい」


 嫌そうな顔を隠そうともしない礼桜ちゃんと、満面の笑みの帝塚伊臣。


 嬉しそうに笑いながら、帝塚伊臣は俺の隣のソファーに座った。

 礼桜ちゃんと二人の時間を持てるのが嬉しいと、全身から気持ちが溢れ出ている。


 帝塚には興味がなく怪訝な顔をしている彼女との対比がすごい。



「礼ちゃんは何飲んでるの?」

「高丘さんね。…カフェラテだけど」

「じゃあ、俺もそれにしようっと」


 ……嫌ならそんなに律儀に答えんでもええんちゃう。真面目というか、優しいというか、礼桜ちゃんらしいというか。



 帝塚は手を挙げて店員を呼ぶと、礼桜ちゃんと同じものを注文した。


 俺の席から帝塚の顔は見えない。そのため、ヤツの声色や礼桜ちゃんの表情で把握するしかない。



「そういえば、礼ちゃんと一緒に来ていた人は?」

「高丘さんね。……今、席を外してるけど」

「そっか。俺ね、礼ちゃんに会いたい、話をしたいってずっと思ってたんだけど、まさか今日のパーティーで会うなんて思いもしなかった」

「高丘さんね。…私もびっくりした。でも、どっかの社長の息子だったよね?」

「どっかの社長の息子って……ふふっ、俺、出逢った頃話したよね?」

「……ちょっと記憶にないかな」

「2回目に会ったときに話したよ」

「そうだっけ? 忘れた」

「普通だったら玉の輿に乗れるかもって色めき立つくらいの大企業なんやけど」


 くすくすと笑いながら話す帝塚。


「へえ。私、玉の輿に興味ないから」

「え? そうなの?」


 〝玉の輿に興味ない〟——その言葉に明らかに驚き、少し動揺しているように感じる。

 帝塚が衝撃を受けているのだけは分かった。



「…………礼ちゃん、俺ね、TEZUKAグループの跡取りなんだ」


 少しおちゃらけた口調だが、覚悟を決めて話しているのがひしひしと伝わってくる。


「高丘さんね。…TEZUKA? ガチなやつやん」

「うん。自分で言うのもなんだけど、御曹司ってやつ?」

「あー、なんか納得。今日のパーティーでチラッと見たとき、御曹司ぽかったよ」

「え? それだけ? もっとほかにあるでしょ」

「……御曹司だといろんなしがらみがあって大変そうだよね。ご愁傷さま」

「ぶっ…あははっ、俺にそんなこと言うのは礼ちゃんだけだよ」

「高丘さんね。私には関係ないし、まあ頑張れーとしか言いようがないよね?」

「あははっ、超テキトー」


 帝塚が弾けるように笑っている。


 礼桜ちゃんは御曹司と聞かされても顔色一つ変えず相変わらずの塩対応だ。その上、「礼ちゃん」って呼ばれるたびに毎回毎回「高丘さんね」と指摘してるのが、じわじわとツボる。


 アカン。何やねん、この二人の温度差。おもろすぎやろ。これじわじわくるやつやん!


 俺らがどれだけ帝塚がストーカーだと説明しても、礼桜ちゃんは最後までピンと来ていなかった。

 それでも言い聞かせたので少しは警戒しているようだが、礼桜ちゃんの中では時々駅で会う同い年の男でしかないため今も普通に会話をしている。


 とりあえず理人には様子を見ると伝えてある。戻ってこなくていいとも。


 気配から察するに、帝塚はカフェラテを一口飲んだようだ。礼桜ちゃんもカフェラテに口をつけている。



 ——やっぱり礼ちゃんは最高だ。……欲しいな。



 俺の耳に届いた帝塚伊臣の呟き。


 真夏なのに背筋に冷気が走った。


 帝塚の表情が気になり気づかれないようにチラッと横目で確認すると、口元に笑みを浮かべ、燃えるような恋情を隠すことなく仄暗い双眸でただただ礼桜ちゃんをじっと見つめている。


 一方、礼桜ちゃんはというと、ラテアートのクマを壊さないように注力しながらカフェラテを飲んでいた。礼桜ちゃんには帝塚の呟きも恋心も全く届いていない。


 俺は久々に頭を抱えたくなった。

 元々が鈍感なのに無関心まで加わったら、そりゃあ気づかへんよな。

 礼桜ちゃん、溶けゆくクマさんを守ってる場合ちゃうで。目の前の男にもっと警戒せえ。

 アカン。マジでアカン。帰ったらお説教コースやな。


 のほほ〜ん礼桜ちゃんの分まで俺は帝塚の執心に警戒を強めることにした。



 帝塚は、礼桜ちゃんがクマを死守したのを見届けた後、変わらず少しおちゃらけた口調で話し始めた。


「……礼ちゃんはさ、本当に玉の輿に興味ないの?」

「高丘さんね。全く興味ない」

「でも、今日一緒に来てた人も結構稼いでるよね?」

「そうかもね。知らんけど」

「聞いたこととかないの?」

「ない」

「そうなんだ……。礼ちゃんはどうして玉の輿に興味ないの?」

「高丘さんね。…私は自分の力で稼ぎたいから」

「そっか……。でも結婚したらどうするの?」

「ちょっと何言ってるか分からない。結婚しても理人さんのところで働くつもりだけど」

「え? 九条法律事務所で働くの?」

「うん。既に採用決定らしいから」

「…………礼ちゃんも弁護士になるの?」

「高丘さんね。…なりたいなって思ってる」

「でも、前に法学部は諦めたって言ってなかった?」

「言ってたね」

「…………」

「弁護士になったら心が病みそうだから諦めたんだけど、理人さん達と一緒なら大丈夫かなって」

「じゃあまた法学部を目指すの?」

「うん。とりあえず法学部を目指して頑張ろうと思う。そして、法学部に合格したら次は司法試験合格を目標に頑張るつもり」

「そっか……」

「うん」


 帝塚の声のトーンが暗くなったため、チラッと横目で確認すると、帝塚は目線を下に落とし、どよ~んとした暗い空気を纏い凹んでいる。

 反対に礼桜ちゃんは、将来に思いを馳せているのか、明るい表情でカフェラテを飲んでいた。


 この後どうでるか横目で帝塚を見続けていると、ガバッと顔を上げ、礼桜ちゃんを見据えた。



「ねえ、礼ちゃん、俺と一緒にTEZUKAで働くのはどんな?」

「は? …高丘さんね。…ちょっと何言ってるか分からない」

「俺のパートナーとして側にいてほしい。俺は礼ちゃんと一緒に働きたい。礼ちゃんが側にいてくれるだけで幸せだし、頑張れるから。それに俺のほうが将来有望だと思うよ」

「高丘さんね。……自画自賛がすごいな」

「そう? 俺、自分で言うのもなんだけど、かなりの優良物件だよ! だからさ、弁護士のオジサンなんかやめて俺にしない?」

「しない」

「断るの早っ! 普通もう少し考えるでしょ」

「断る」

「もちろん弁護士になりたいなら応援するし、司法試験に合格した後でもいいし」

「断る。私は理人さん達と一緒に働きたい。みんなからいろんなことを教わりたい。それに、そんなのは私じゃなく取り巻きの女の子に言ってあげなよ」



 帝塚、お前もう気づいてんだろ?


 礼桜ちゃんの人生にお前が入り込む余地があるとは思えへん。


 お前は初手で間違えてん。

 礼桜ちゃんに出逢ったその日に女性関係を清算した湊と、礼桜ちゃんと出逢った後から女の子を侍らして会っていたお前、最初から勝負にもならへんわ。



 帝塚伊臣、お前はどうする?







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