第8話 ◆波乱の幕開け

「礼ちゃん……」


 目の前には、私と同い年の男が立っている。

 背は晴冬さんよりも低いが、それでも175センチ以上はゆうにありそうだ。


 今日も今日とて数人の女の子達を連れている。


 顔も整っているし、以前社長の息子と言っていたのでモテるのだろう。



「高丘さんね」


 この男は初対面のときから私のことを勝手に「礼ちゃん」と呼ぶ。名前を教えるんじゃなかったと何度後悔したことか。

 「礼ちゃん」呼びなんて認めていないので、そう呼ばれるたびに「高丘さんね」と訂正しているが、一向に直す気配すらない。



「久しぶり。全然会えなかったから、ずっと心配してた。元気そうでよかった……」



 どこかホッとしたような顔で微笑まれた。


 そういえば、2週間に1回くらいのペースで、学校帰りに天王寺駅でよく出くわしていたっけ。


 最近は九条さんが学校まで迎えに来てくれるから見かけることもなくなった。



 正面に立っている男は、ホッとしたような、嬉しそうな、傷ついているような、苦しそうな、いろいろな感情が混じった複雑な双眸で私を見ている。


 一体どうしたというのだろう。



「礼桜ちゃん、知り合い?」


 横にいる晴冬さんが、私たちを交互に見て尋ねてきた。


「知り合いというか、……知り合いなんですかね?」

「いや、俺に聞かれても……」


 この男と最初に会ったのは、中3の第1回英語検定の試験会場だっただろうか。

 それから、なぜか学校も違う、住んでるところもかなり離れているこの男と、様々な試験会場で出くわすことが多くなった。


 極めつけは、第一志望の高校入試で前後の席になったことだ。

 (受験番号が前後とかどんだけだよ!)と思わず心の中でツッコんだのを覚えている。


 結果、私は第一志望の高校に落ちて、この男は合格した。


 名前は……、何だったかなぁ。

 いつも違う女の子達を連れて歩いている男の名前なんて興味ないしどうでもいいから、正直覚える気もない。



「礼ちゃん、もしかして隣にいる人、彼氏?」


「高丘さんね。

 この人は彼氏じゃないよ」


「じゃあ……」


「バイトが一緒の人」


「え? 礼ちゃん、バイト始めたの? どこで?」


「高丘さんね」


 いい加減、名字で呼べ!



 男は私から指摘され慣れているので、いつもどおり名前のことはスルーして、ニコニコと話を進めていく。



 ……私に話しかけなくていいから、一緒にいる女の子達に気を遣え!



 男の後ろで私を思いっきり睨んでいる女の子たちの視線が突き刺さる。


 話を切り上げて、この場から立ち去りたい。


 私はチラッと晴冬さんを見た。


 この視線で早くこの場から離れたいと伝わるだろうか……。



「礼桜ちゃん、そろそろ行こか」

「そうですね」


 晴冬さん、グッジョブです!



「それじゃあ」


 手を振って歩き出そうとしたら、「ちょっと待って」と言われ、手首を掴まれた。



「なに?」

「いや、あの……」


 どう言おうか考えあぐねているのか、視線を動かしている。


 おもむろに動いた晴冬さんが、男を刺激しないようにやんわりと掴まれた手を外してくれた。



「俺たちバイトだから、そろそろ行かなきゃマズいんやけど」


「俺もついていっていいですか?」


 は? 何を言っているんだ、こいつは。



 男は晴冬さんを正面から見据え、一向に引く気配がない。



 いやいやいや、ほんと何言ってるの?

 女の子達はどうするん?

 私めっちゃ睨まれてますやん!!



 晴冬さんも困惑しているのが分かる。



 ついていくと言って全く引かない男に、私を睨んでくる女の子たち、そしてこの場から一刻も早く立ち去りたい私たちによる三つ巴が、なぜか静かに繰り広げられていた。



 三つ巴ちゃうな。この男が引けば済むだけの話だ。



 どうするか考えあぐねいていたそのとき、「晴冬?」と晴冬さんを呼ぶ声が聞こえた。


 声のするほうを見ると、友達に囲まれている可愛い女性が、ショックを受けたような表情で立っていた。




 嗚呼、波乱の予感がするのは私だけ?









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