第37話 ◆いざパーティーへ

 理人お兄ちゃんのエスコートで車を降りると、私は大きく深呼吸した。


「さあ行こうか」


 165cmの私が7cmのピンヒールを履いて172cmになっても、187cmの理人お兄ちゃんのほうが15cmほど高い。見上げるのは変わらないが、いつもより顔が近く感じる。


 理人お兄ちゃんは私を見ながら柔らかい笑みを浮かべていた。


 ホテルの敷地内に車が入った瞬間、緊張して心臓がバクバクしていたのに、理人お兄ちゃんが差し出す手を見て、微笑んでいる顔を見て、なぜか緊張が解けていく。理人お兄ちゃんが側にいると思うだけでホッとして、心が落ち着きを取り戻していく。



 私はもう一度大きく深呼吸をしたあと笑顔で理人お兄ちゃんの手を取った。


 九条さんの手とはまた違った繋ぎ心地なので、兄弟でも手の大きさとかは違うんだなって当たり前のことを実感として知った。


 だけど、九条さんと同じで、手の温もりから「大丈夫」が伝わってくる。

 その温もりが、今から向けられるであろう悪意に立ち向かう勇気へと変わる。



 ここに来ると決めたのは私だ。


 最後までやり切る!





◇◇




 受付を終えた私たちはパーティー会場へと入った。


 入った瞬間、四方から一斉に向けられる人々の目、目、目。


 雑談の声は消え、会場内がシーンと静まり返り全員の視線に晒される中、私たちは主催者に挨拶をするために、絨毯が敷かれた会場内を進んでいく。


 一歩、また一歩と踏み出すたびに、数多の視線が私たちを追いかけてくる。


 パーティーは17時スタートのため、16時50分現在、既に会場内は人でいっぱいにもかかわらず、気味が悪いほど無音だ。


 私たちの足音もカーペットに吸収されている。



 この無音の状態は、前に一度経験したことがある。公立高校の合格発表の日、第一志望の高校に落ちた私は、その日の13時から開催される私立高校の入学説明会に参加した。そこには公立高校に落ちた子とその保護者合わせて200人近くいたが、誰も言葉を発せず、物音も立てず、聞こえるのは服が擦れる音くらいで、静寂な無音が広がっていた。あのときの無音の状態とよく似ている。ただ一つ違うのは、入学説明会での無音は挫折や悲しみによる個別の無音だったが、今は悪意などの負の感情や好奇の眼差しで満たされた集団の無音であること。


 同じ無音の状態なのに、その場にいる人の思いが異なると雰囲気が全く違ったものになるということを私は知った。



 会場内の異様な雰囲気に、私の体は自然と強張っていく。



 品定めするような好奇の視線に晒され、嫉妬や憎悪、恨みを乗せた強い視線を向けられ、耐えられず繋いでいた手を離そうとしたら、しっかりと握りしめられた。

 理人お兄ちゃんを見上げると、優しい眼差しで微笑んでいる。「大丈夫」「俺がついてる」、口に出さなくても理人お兄ちゃんの想いが伝わってくる。


 そのときになってようやく自分の手の指が震えていることに気付いた。

 恐怖で震え冷たくなっていた私の手は、理人お兄ちゃんの大きくて優しい手に包まれている。

 怖気付いてしまった心に理人お兄ちゃんの温もりが染み込んできて、私の恐怖を取り除いていく。


 

 大丈夫。私の隣には理人お兄ちゃんがいる。



 しっかりと握られた手を見て、私はようやく理解した。合点がいったと言ったほうがいいのかもしれない。


 理人お兄ちゃんはこうなると予想していたんだ。だから、あえて腕を組むエスコートではなく、手を繋いでくれていたんだ……。


 公の場で手を繋ぐのは嘲笑の的になる可能性が高いのに、自分の体裁よりも私の心を守るのを優先してくれたんだと今気付いた。


 恥をかいてもいいと平然と言っていたが、あれは本心だったんだ。


 理人お兄ちゃんの気遣いが心に沁みる。

 その優しさが温かくて目が潤んできた。


 こんなところで泣いたらダメだ! 泣くな!


 これ以上、理人お兄ちゃんに心配をかけるわけにはいかない!



 私は参加者に気づかれないように深呼吸をすると、「頑張ります」の気持ちを込めて少しだけ力を入れてギュッと握り返し微笑んだ。理人お兄ちゃんも手に力をこめて頷いてくれた。




「理人さんっ!」


「九条君!」



 静寂な場を切り裂くような叫びにも似た声で理人お兄ちゃんの名前が呼ばれた。


 声がしたほうを二人で見ると、親子だろうか、若い女性と年配の男性がものすごい形相でこっちに向かって近付いてきている。


 そのあまりの形相と威圧感にたじろいだ私は、理人お兄ちゃんにピタッとくっついてしまった。




 これが私とお嬢サマのファーストコンタクト。




 これから散々な目に遭うなんて、今の私は知る由もなかった。



 そして、この出会いは新たな事件に巻き込まれていく序章に過ぎなかった。







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