第36話 Oh!My Godfather!!
1階でみんなと談笑をしていると、階段の上に人の気配を感じた。
見上げると、スーツ姿の理人お兄ちゃんが、ワイシャツの袖のボタンを留めながら、階段を下りてきている。
色気を垂れ流しボタンを留めている姿は、1枚のスチールを見ているようで、鼻血が出そうなほど格好いい。
『男性のグッとくる仕草は?』のタイトルで雑誌やテレビなどで特集され盛り上がってるのをたまに目にするのだが……、なぜその話題で盛り上がれるか、今気持ちが分かった。
男の人がワイシャツの袖のボタンを留めてる姿はいつも以上に色気が出て格好いいということを私は知った。
理人お兄ちゃんが垂れ流す色気はいつもどおりだが、何というか今日は特に扇情的だ。
それはひとえに髪型が違うということも大いに関係しているように思う。
さっきまで下ろしていた髪は、左側半分だけ横に流し、右側は緩くうねって下りている。
理人お兄ちゃんの髪の毛は緩いパーマがかかっているということに今更ながら気づいた。
片方を横に流して片方を下ろすヘアスタイルは、ダダ漏れの色気が1.5倍増しになり、よりセクシーに見えるということを私は知った。
「礼桜ちゃん、よく似合ってる。可愛い」
理人お兄ちゃんは私と目が合うと、そう言って微笑んできた。
……どう言えば的確に伝わるだろう。
真っ赤な薔薇の花びらが大量に私に向かってぶわっと吹雪いてくる感じで垂れ流しの色気をぶつけられ、キラッキラの微笑みを向けられた。
当てられないように、色気で倒れないように、私は咄嗟に目頭に力を入れ、眉間に皺を寄せた。
「「「「…………………」」」」
理人お兄ちゃん、蹴兄ちゃん、樹兄ちゃん、
「……4時まであと20分か。ごめん、樹」
理人お兄ちゃんが時計を見ながら呟いた後、樹兄ちゃんに声をかけた。樹兄ちゃんは理人お兄ちゃんが言わんとしていることが理解できたようで、こくんと頷いている。
「湊、ごめんやけど最終チェックしたいから少し手伝って。理人たちが家を出るまでに終わらせたいから」
私と離れるのが嫌なのか、腰に回している九条さんの手に少しだけ力が入ったが、樹兄ちゃんにそんな些細な抵抗は効かない。
九条さんは私を気にしながらも、しぶしぶ別室へと入っていった。
「さて、礼桜ちゃん、最後の特訓といこうか」
理人お兄ちゃんがキラッキラの笑顔で私を見据えている。
ヤバい!
肉食獣に睨まれる小動物の心境が分かる。
顔が引きつり、私の心もブルブル震え始めた。
「あ、の……さっき最後の特訓しましたけど」
「あと一つ、一番大事なことが残ってた」
一番大事なこと?
「今日のパーティーで俺と礼桜ちゃんはどういった関係で参加するか覚えてる?」
「婚約者、です」
「うん、そうだね。一般的に婚約者ってお互い想い合ってる者同士ってことだよね?」
「そう、ですね」
何が言いたいのだろう。
「大好きな婚約者が微笑むたびに眉間に皺を寄せる女性がいると思う?」
「……………探セバ、イルンジャ、ナイ、カナァ」
目を泳がせながら何とか答えた。
さすがに理人お兄ちゃんの目は見れない。
しかも何気に〝大好き〟を強調しとるし。
「いるわけないでしょ」
ですよねー。おっしゃるとおりです。
理人お兄ちゃんをチラッと見ると、目を閉じたくなるほどの眩しい笑顔で私を見ている。
笑顔の圧が凄い。
「というわけで、俺と最後の特訓をするよ。10分くらいで習得できるように頑張ろうね」
……何をするか分かってしまった。
絶対に無理だ。
断言できる。
「今から俺が礼桜ちゃんに向かって微笑むから、目を逸らしたらダメだよ」
リビングのソファーに私を座らせた後、一人分間を空けて私の右隣に理人お兄ちゃんが座った。
それだけで眉間に皺がよりそうになる。
「いくよー」
私に向けるキラッキラの笑顔。
理人お兄ちゃんは髪を下ろしてる右側に少し顔を傾けながら微笑んだので、下ろしている髪がふわりと揺れた。
片側だけ揺れる髪からも色気が溢れ、私は反射的に眉間に力を入れた。
「2秒」
は? 2秒?
顔を蹴兄ちゃんに向けると、蹴兄ちゃんが腕時計の秒針で秒数を計っていた!
陸上部の計測係のように淡々と伝えないでほしい。
「礼桜ちゃん、次は5秒目指そっか。目標秒数にいかなかったら、今一人分空いてる俺と礼桜ちゃんの距離がどんどん近づいていくから。頑張って早く慣れないと、最後は膝の上に乗せて慣れるまで見つめ合うことになるよ。俺はそれでもいいけど♪」
……嫌だ。なんの拷問ですか?
ふと視線を感じたのでそちらを見ると、琴ちゃんが目を輝かせて私たちを見ている。
琴ちゃんは、ドキドキが止まらない禁断の甘い時間を想像しているのだろう。理人お兄ちゃんの言葉を素直に聞けばそうなのかもしれない。
期待に満ちた目で私たちを見ているところ申し訳ないが、私たちの間には甘酸っぱさ皆無、むしろ体育会系の匂いしかしない。
「よーいスタート」
蹴兄ちゃんの無機質な声で、理人お兄ちゃんが私の目を見て微笑んできた。
目を逸らしたらアウトだから、カッと目を見開いて眉間に皺が寄らないように耐えよう。
我ながらいい考えだと思う。
「………………目を見開いて必死に耐えてるところ悪いけど、鼻の穴も一緒に広がってるよ」
理人お兄ちゃんは可笑しそうに笑うと、私の鼻を摘んできた。
え? 鼻の穴が広がってる?
私も女の子だから、そんなことを言われたら恥ずかしくて、両手で顔を覆ってしまいそうになる。
洸さんと善さんも笑いを堪えているのが視界の端に入ってきた。
穴があったら入りたい。
二人に気を取られ、理人お兄ちゃんから目を逸らしてしまった。
「10秒」
10秒?
10秒!! ッシャーッ!! 目標達成!!
鼻の穴が広がってると言われかなり恥ずかしかったが、恥ずかしいとか思っている場合ではない。
私は秒でその乙女の恥じらいをぶん投げた。
それから私たちは少しずつ時間を延ばしていった。
見つめ合う時間が15秒を超えたあたりから本格的な苦行の始まりだった。心を無にして見つめ返しても、色気が具現化されたような真っ赤な薔薇の花びらが容赦なく私に飛んできてはぶち当たっていく。
一人分空いていた空間も埋められ、理人お兄ちゃんの肩や足が私と接触している。息をするたびに理人お兄ちゃんの甘い匂いが鼻から入ってくる。
にこにこしている理人お兄ちゃんと、悟りを開く勢いで心を無にして修行する私。
回を重ねるごとに琴ちゃんの輝いていた目の光は消え、私たちを見る眼差しにはチベットスナギツネが2匹ほど降臨している。
……琴ちゃんは何を期待していたのだろう。
15分かけてようやく何とか自分を騙し騙し会話をしながら30秒見つめ続けることができたので、特訓終了となった。
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