第33話 ◆【九条湊side】調査報告③

「じゃあ、俺はそろそろ出ます」


 話がひと段落したので、晴冬が切り出した。

 理人が話してる間じゅう蹴君にいじられていた短髪黒髪の晴冬は、髪が耳にかかるくらいの長さのウィッグをつけている。前回のバイトから2か月ほど経っているので、その分髪が伸びた設定でいくらしい。


 俺は調整したメガネを晴冬に渡した。


「晴冬、これかけといて。眼鏡のつるにイヤホンが内蔵してあるから」

「どこ?」

「耳に当たる部分」

「……全然分からへん」

「分かったら意味ないやろ」

「これ骨伝導イヤホンを改良したやつやろ? 音漏れが激しいんと違う?」

「さっき調整したから多分いける」


 骨伝導こつでんどうとは、骨に振動を与えて音を認識させる方法のことをいう。市販の骨伝導イヤホンは、耳周辺の骨を振動させることで蝸牛へ音を届ける仕組みとなっている。ちなみに、一般的なイヤホンは、空気の振動を耳から鼓膜へ伝えそれを音として聴いているため、そもそも音を聴く構造が異なる。

 一般的なイヤホンと違い、骨伝導イヤホンは耳をふさがないため、周囲の音を遮断したくない場合に使用するのに適しているが、晴冬が言うように、性質上、音漏れしやすいというデメリットもある。パーティー会場のような至る所で話し声が聞こえる状況なら、さほど問題にはならないはずだ。眼鏡を通して話しかけるときは、俺らも状況を見て行うし。



 樹君に協力してもらい、別室から眼鏡型イヤホンに向けて話しかけてもらった。音漏れを心配する晴冬が納得するように俺が眼鏡をかけている。

 その後、晴冬が眼鏡をかけた状態で再度話しかけてもらい、音のチェックをしながら、みんなにも使い方を教えた。


 特に問題はないようだ。

 音もクリアで聞き取りやすいし、これなら大丈夫だろう。



「湊! すげーな、この眼鏡」

「だろ?」



 すごい!すごい!と褒める晴冬が鬱陶しくて、「早く行け」と家から追い出した。






「俺も着替えてこようかな」


 あらかた話も終わったので、理人が階段のほうに向かって歩き始めた。それを何気に見送っていると、階段の手前でピタッと立ち止まり、「そうそう」と言いながら振り向いた。


 何か言い忘れたことでもあったのだろうか。



「アレだったら烏丸産業の社長は交代させるから。息子が一人いたよね? 今どこで何やってるか分かる?」


 九条法律事務所の所長と烏丸産業の前社長が懇意だったため引き受けた顧問弁護士は、社長が交代した今も理人がそのまま引き継いでいる。



「あー、たしか今アメリカにいるはず。烏丸の社長やお嬢サマと折り合いが悪いから向こうで経験を積んでるって聞いたよー。前社長に可愛がられていろいろ教わってたみたいだし。父親より息子が社長になったほうが業績は伸びるんちゃう」


「父親よりも優秀ってことか。なら問題ないな。

 蹴、悪いけど、なるはやで連絡を取って今の状況を伝えてほしい。そのとき、継ぐ意思があるかも確認して」


「オッケー。でもさー、所長の許可取らなくていいの? もともと所長のクライアントでしょ?」


「ジジイには既に連絡した。任せるだとよ。あのクソジジイ、全部俺に押し付けやがって。仕事しろよ、まったく」


 理人は烏丸産業関連の指示を蹴君と樹君に出すと、溜め息を吐きながら2階へと上がっていった。


 烏丸産業は地場企業の中でも大手なので、社員も多い。また、取引先や下請も多く、理人はそういった烏丸産業に関わる全ての人々やその家族を守るため、今後起こり得る様々なケースを想定し備え始め出した。


 社長とお嬢サマが烏丸産業に打撃を与えると判断した時点で、迅速にトップを替えるつもりなのだろう。



 







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