第28話 ◆策略 vs 無関心(琴音視点)③

「高丘さんね」


 抑揚のない声質で淡々と、だが素早くツッコむ礼桜ちゃんに驚いた。

 この得体の知れない男に対して、無表情のまま対応している。



「ふふふ、礼ちゃん」


 これがいつものやりとりなのか、男は楽しそうに笑って、ほんの少し声量を上げ弾むように再度名前を呼んだ。


「高丘さんね」


 いい加減〝れいちゃん〟呼びやめろという気持ちがありありと伝わってくる。

 話すのさえすこぶる面倒くさそうだ。いつも笑顔の礼桜ちゃんが無表情のまま、眉一つ動かさない。



「礼ちゃん、何でこんなところにいるの?」

「高丘さんね。もう帰るところ。バイバイ」

「奇遇だね! 俺も帰るところ。久しぶりに一緒に帰ろ?」

「友達いるから無理」


 礼桜ちゃんは「行こう」と言って笑ってくれた。塩対応とのギャップがすごくて、私に笑顔を向けてくれたことが素直に嬉しかった。



「礼ちゃんの友達?」

「高丘さんね。そう。友達と帰るから。じゃあね」


 「ふーん」と言いながら、私を品定めするかのように頭の上から爪先まで男の鋭い視線が貫く。


 怯むな!


 自分を叱咤し、私は泰然とした態度でい続けた。



「礼ちゃんのお友達さん、俺も一緒に帰っていい?」


 顔は爽やかに笑ってるけど目が笑っていない。昏く冷たい双眸で、肯首しろという圧をかけてくる。


「高丘さんね。お喋りしながら帰るから無理。一緒にいた女の子たちと帰れば? まだ近くにいるんじゃない?」


 私の代わりに答えると、礼桜ちゃんは私を伴って歩き始めた。



「えー、俺一人だよ」

「そんなんいいから。コーヒーショップで一緒だった女の子たちを追いかけなよ」

「なんだ、礼ちゃん気づいてたんだ。気づいてたんなら声かけてくれればよかったのに」


 礼桜ちゃんを挟み私の反対隣を歩く男は、楽しそうに嗤った。


 礼桜ちゃんは男が垣間見せる狂気を含んだ表情に気づいているのだろうか。


 そんな疑問が湧き上がり、下りエスカレーターに乗った。

 男は私たちの一段下に横向きで立つと、後ろに立つ礼桜ちゃんのほうに顔を向けて話しかけている。こうすることで、礼桜ちゃんと背丈も同じくらいになり、より顔を見て話すことができる。カップルによく見られがちなシチュエーションだ。この二人はカップルでも何でもないが。

 私はというと、いざというときに守れるように礼桜ちゃんの隣に立ち、礼桜ちゃんを観察した。


 結論は、「無関心すぎて気づこうともしない」だった。


 礼桜ちゃん、最強だな。



 エスカレーターで1階に下りてきた。

 礼桜ちゃんはこの後どうするのだろう。

 私は携帯を握り締めたまま、礼桜ちゃんが取る次のアクションを待つことにした。



「じゃあね、私たちこっちだから」

「えー、天王寺まで一緒に帰ろうよ」

「天王寺まで行かないから」

「……どこ行くの?」

「教える必要なくない?」


 男の声に不機嫌さが混じり視線が鋭くなっても、眉一つ動かさず答える礼桜ちゃん。


「まさか、彼氏のところ?」

「……………………」

「ねぇ、礼ちゃん、彼氏のところに行くの?」

「高丘さんね。何でそんなこと聞くの? どこに行こうと関係ないと思うけど」

「……お願いだから、そんなに突き放さないで。礼ちゃんに突き放されると辛い……」

「高丘さんね。ほんとさっきから何言ってるの? そっちも早く女の子たちのところに戻ったほうがいいよ。じゃあね」


 泣きそうな顔で懇願してくる男を一刀両断した礼桜ちゃんは、私に「ごめんね」と謝り「行こう」と促した。



 男をチラッと見ると、俯いて佇んでいる。

 顔が下向いているので、どんな表情をしているのか分からない分、不安になる。


 このまま何もないといいんだけど……。




「礼ちゃんっ!」


 バッと顔を上げた男は、歩き始めた私たちに追いつくと、礼桜ちゃんの手首を掴んだ。


「礼ちゃん、二人で話がしたい。お願い……」


 必死に縋る男を無表情でじっと見つめる礼桜ちゃん。


「高丘さんね。私、話すことないんだけど」


 礼桜ちゃんは男を見て、掴まれている手首を見て、また男を見据えた。


 無言で手を離せと言っているのが私でも分かった。


「礼ちゃんが話を聞いてくれるまで離さない」


 礼桜ちゃんは男を見た後、はぁ〜〜とため息を一つ吐いた。

 手を離せ。面倒くさい。なんで話さなきゃいけないんだ。そんな負の感情をため息だけで伝えている。


 無関心な男にはとことん塩対応。

 ある意味、礼桜ちゃん凄いな。



「もう関わらないし話さないって約束したんだけど」

「え、誰と? もしかして彼氏? 束縛強くない? そんな彼氏やめなよ!」

「違う。お兄ちゃん」

「え、お兄ちゃん? 礼ちゃん、お兄ちゃんいたっけ? 弟が二人じゃなかった?」

「高丘さんね。普段は優しいけど、怒るとめちゃくちゃ怖いお兄ちゃんがいる」

「そうなんだ、知らなかった……」


 だろうね。礼桜ちゃんが言ってる〝お兄ちゃん〟は理人さんのことだから。



「そう。お兄ちゃんにもう怒られたくないから、これ以上私に関わらないで、女の子たちと楽しく過ごしなよ」

「嫌だ!」

「私も嫌だ。お兄ちゃんの説教は地獄の沙汰よりも怖い!」

「………………そんなに怖いの?」

「うん。だから私に話しかけないで」

「じゃあ、お兄さんに許可をもらう」

「は? 何言ってるの?」


 は絶対に許可を出さないと思うで。


「彼氏は!? 彼氏はお兄さんに会ったことあるの?」

「うん」


 そりゃあ、あるだろうよ。実の兄弟やし。



 〝お兄ちゃん〟に対する認識が違う会話なのに、なぜか噛み合ってる不思議……。


 礼桜ちゃんから〝相手するの面倒くさい早く帰りたい〟オーラが出ている。


 理人さんを矢面にして早く終わらせようとしているのが見て取れる。


 相変わらず無表情で……、いや、理人さんの話だけは気持ちが入っているのが可愛い。


 私思うんやけど、理人さんから説教されるとか、多分めっちゃ貴重な体験やで。

 晴冬だって理人さんから教えてもらうことはたくさんあるけど、礼桜ちゃんみたいにガチで説教されたことはないと言っていた。

 腹黒魔王弁護士の通り名を持つ理人さんは、人当たりがいいのとは裏腹に、人に対して一線を引いている感じがする。絶対に踏み込まないし、踏み込ませない。蹴くんたち幼馴染み4人と善さん、そしてもちろん九条君は別だろうけど。

 人に説教するって意外とエネルギーを使うから、そんな面倒なことを理人さんがするはずない。

 今、理人さんが説教するのは多分礼桜ちゃんだけだと思う。


 九条君に対しては、説教というより教育的こぶしが容赦なく飛んでそうだし。

 

 そう思うと、説教する理人さんと縮こまって聞く礼桜ちゃんの場面を想像するだけで心が温かくなるのは私だけ?

 ……いや、九条君も(説教される礼桜ちゃんも可愛い)とか思ってそうだな。



「彼氏はお兄さんに認められてるの?」


 私のほうを見て〝琴ちゃんもう無理お願い〟と目で訴えてくる礼桜ちゃん。

 礼桜ちゃんの視線を追って、つられて私を見る男。


 礼桜ちゃん、答えるのが面倒になったんやね。

 これは私が答えるターンだな。



「あー、まあ認められてるとは思うけど、お兄さんはめっちゃ目を光らせてる、かな……」


 晴冬の話を総合して答えたが、当たらずも遠からずだろう。



「そうなんだ……。お友達さんはお兄さんに会ったことあるの?」

「うん、あるよ」

「どんな人?」

「超絶ハイスペックイケメン」

「そうなんだ。…………イケメンを見慣れてるから礼ちゃんは俺に靡かないのかな?」

「いや、絶対違うやろ」


 やばっ。

 男の呟きに速攻でツッコんでしまった。


 男をそっと伺うと、何か考え込んでいる。どうやら私のツッコミは聞こえなかったようだ。



「じゃあ私たち帰るから。バイバイ」

「え? あ、うん。礼ちゃんまたね」

「高丘さんな」

「さよなら〜」


 とりあえず私も挨拶をして二人でその場を離れた。


 男はいまだに考え込んでいる。の存在に策略の変更を余儀なくされたか?

 今のうちにとっとと退散しよう。この人混みに紛れたら、もう見つけることはできないはずだ。




 私は握り締めていた携帯を耳に当てた。



「もしもし」

『琴音ちゃん、ありがとう。ちゃんと聞こえたよ』

「聞こえてるか不安だったので、よかったです」

『礼桜ちゃんは今話せそう?』

「はい、大丈夫です。礼桜ちゃんに代わりますね」


 礼桜ちゃんに携帯を渡すと、「誰?」と私に聞きながら耳に当てた。



『もしもし』

「え、理人お兄ちゃん?」


 私を見ながら慌てふためいてる。


 男が礼桜ちゃんに近づいてきたタイミングで、晴冬から私に電話がかかってきた。そのため、通話を押し、礼桜ちゃんと男のやりとりを最初から流していたのだ。



『うん。礼桜ちゃん、お疲れさま』

「お疲れさまです。…………もしかして、今までの会話聞いてました?」

『うん。琴音ちゃんが繋げてくれたから、みんなで聞いたよ』

「みんな……といいますと?」

『みんなだよ』

「うわぁ、マジか……。

あの、最後面倒くさかったので、理人お兄ちゃんを出しました。ごめんなさい」

『別に問題ないよ。これで俺も介入できるから』

「よかった……」

『それよりもさー、俺の説教、地獄の沙汰よりも怖いの?』

「え? あの、その………魔王降臨って感じで。背後に稲妻が何本も走ってるので、今度黒マント探してきますね! きっと似合うと思います!!」

『なんやねんそれ。あとテンパりすぎ。怒られてるとき何を想像してるかダダ漏れやで』

「あっ! ……すみません。でも、理人お兄ちゃんはとても優しいって知ってますし、尊敬してますし、大好きですよ?」

『じゃあ俺と結婚する?』

「それは遠慮します」

『ははは。俺を振るのは礼桜ちゃんくらいだよ?

琴音ちゃんと気をつけて帰ってくるんやで』

「はい!」



 んん?

 もしかして理人さんも礼桜ちゃんのことが好きなのか?

 アカン。気になってきた。


 心がそわそわと落ち着かなくなったので、直接礼桜ちゃんに尋ねることにした。


「理人お兄ちゃんが私に向ける感情は恋愛感情じゃないよ」


 笑って否定された。



 でも、礼桜ちゃんは鈍感だからなぁ。


 あとで晴冬に聞いてみよう。

 ………アカン、晴冬も鈍感やった。



 こうなったら、九条君に聞くしかないか。


 猛獣よろしく睨まれるだろうが、問題ない。

 もし本当なら、こんな面白い三角関係、好奇心が勝るに決まってるやーーーん♪








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