第5話 蹴兄ちゃんの名前②

「礼桜ちゃんなら〝しゅうきっちゃん〟って呼んでもええよ」

「え? いいんですか?」


 昔から〝っちゃん〟と小さな「つ」を入れて名前を呼んでみたかったので、蹴兄ちゃんの申し出にちょっと心が弾んだ。


「しゅうきっちゃん、しゅうきっちゃん……、なんか響きがいいですね」


 しゅうきっちゃん……。


 二人掛けのソファーに一緒に座っている九条さんがジトっとした横目で私を見ているが、気のせいということにしておこう。


「湊ぉ、器の小さい男は愛想つかされんで」


 蹴兄ちゃんの言葉で私も九条さんを窺い見た。九条さんは、明らかに不貞腐れている。


「……蹴君が黒髪のときなら」


 蹴兄ちゃんの髪の色は明るい。……何色っていうんだろう。


「蹴兄ちゃんの髪の色って何色ですか」

「これ? シナモンベージュだよ」

「シナモンベージュ……」

「ベージュのカラーに寒色系のカラーを混ぜてるんやけど」

「でも、ところどころ赤みがかってますし、結構色味が濃いですよ」

「うん。薄いのは嫌だったからさー、濃いシナモンベージュにしてるの。いい感じでしょ」

「はい! とても!」


 パーマで動きを出しているからか艶や透明感が強調されている。甘いマスクも相まって、蹴兄ちゃんは洗練されて上品な格好いい大人の男の人という印象を与えている。鼻血が出そうな格好よさと言えば分かりやすいだろうか。理人お兄ちゃんとはまた違った格好よさだ。確かに今の蹴兄ちゃんに「しゅうきっちゃん」は合わない。

 だけど、蹴兄ちゃんが黒髪になることってあるのだろうか?


「俺、時々黒髪に戻すことがあるからさー、そのときは〝しゅうきっちゃん〟って呼んでね」

「分かりました」


 黒髪に戻すこともあるらしい。

 そのときはぜひとも〝しゅうきっちゃん〟と呼ばせていただきたい。




◇◇




 楽しい一時を過ごしていると、私の携帯に1通のメッセージが届いた。

 いつもなら携帯はバッグの中に入れているが、今日はどうしてもすぐに読みたいメッセージがあったので、エプロンのポケットの中に入れておいたのだ。


 みんなに断りを入れてメッセージを確認すると、



『私も外れた( ノД`)シクシク…』




 9月下旬に、私が好きなアニメの舞台が公演される。演じる俳優さん達は、アニメの世界からそのまま出てきたのではと思うほどクオリティーが高く、演技力も申し分ない人たちばかりが揃っている。


 どうしても舞台化された公演が見たくて、友人と二人で抽選発売に申し込んでいたのだ。昨日が抽選結果発表だったので、私が申し込んだ分を確認するも、外れ。


 昨日確認できなかった友達は、今日確認すると言っていた。一縷の望みをかけて臨んだ抽選結果発表だったのだが……。



「礼桜ちゃん、どうしたの!?」


 急にうなだれた私を見て、隣に座っている九条さんが慌てて話しかけてきた。少し顔を上げると、蹴兄ちゃんも晴冬さんもどうしたのだろうという顔で私を見ている。



「……外れてしまって……」


 顔を上げたままでいる気力がない私は、再びうなだれ、そのまま答えた。


「何に外れたの?」

「行きたかった舞台の抽選に……」



「何の舞台?」


 前に座る蹴兄ちゃんが優しく問いかけてきたので、私はアニメの舞台化があってどうしても行きたかった旨を伝えた。


「俺もそのアニメ好き。マンガ本も全巻持ってんで。でも舞台があるって知らなかったなあ」

「……蹴兄ちゃんも好きなんですか?」

「うん。あれ面白いよね。最初はマンガを読んでたんだけど、アニメになったら映像もきれいで、毎期欠かさず見てる」


 こんなところにお仲間がいた!


「分かります! うちも弟が集めているので全巻あるんですが、アニメも最高ですよね! 絵がきれいだし、声優さんも素敵だし。オープニングとエンディングの主題歌も毎回めっちゃいいですし。アニメの制作に関わっている人たちの職人技というか、プライドというか、そんなプロの気概みたいなものを感じられますし!」

「分かる!! リスペクトして制作されてるんだなって感じられるよね。……でも、そっかあ、それならなおのこと残念だったね」

「一般発売の前に行われる抽選発売に外れただけなので、一般発売の日にまたトライしてみます」

「そっか。今度は取れるといいね」

「だといいんですが……」


 多分、いや、かなり難しいだろう。

 行きたかったな、舞台……。








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