第25話 秘めた悩みと恋愛指導
歩き疲れた私たちは、シアトル系コーヒーの元祖かつ世界最大チェーン店の一つであるコーヒーショップでお茶をすることにした。
プレゼントのお礼に私が払いたいと言ったら、快く頷いてもらえた。
よかった。
二人で季節のフラペチーノを頼んでテーブル席につくと、またもやお喋りに花が咲いていく。
「礼桜ちゃん、今日はありがとう。楽しかったね!」
「すごく楽しかったです!」
二人で笑い合う。
「琴ちゃん、お揃いの下着ありがとう」
小さめの紙袋を一瞥した後、お礼を伝えた。
「今度それ付けてお泊まり会せえへん?」
「したい!」
「……九条君、悔しそうな顔するんちゃう?」
「?? そんな顔しないと思いますよ?」
「そう? 礼桜ちゃんの初めてのお泊まり会を私がゲットしても?」
「だって女の子同士ですし」
琴ちゃんは面白そうに微笑むと、ストローに口をつけた。
〝ステキ女子〟という言葉が琴ちゃんにはピッタリだ。
琴ちゃんに聞いてみてもいいだろうか。
誰にも、友達にさえ言ったことがない不安を、琴ちゃんなら受け止めてくれる気がした。
私は大きく息を吸い吐き出した後、琴ちゃんを見据えた。
私が何か言おうとしていることが分かったのだろう。優しく微笑んで「どうした?」と促してくれた。
「琴ちゃんは、その、晴冬さんと、イチャイチャ……」
「うん、するよ」
「ですよね」
「うん。留学するまであと少しだから、晴冬のマンションで半同棲みたいな感じで過ごしてる」
「そうなんですね」
聞きたいことがあるのに、口に出して言うのがこんなにも勇気がいることを初めて知った。
琴ちゃんは優しく見守るように待っててくれている。
「あの! 琴ちゃんは、その、晴冬さんと初めてシたとき痛かった?」
「うん。痛かった。でも、それ以上に幸せっていうか、心が満ち足りた感じがした」
心が満ち足りる?
「幼い頃から知ってて高校生のときに付き合い始めたんだけど、晴冬も九条君と同じで全然手え出さなくてさ。友達の恋バナを聞くたびに、私、魅力ないのかなって不安になって……。幻滅される覚悟でその気持ちを晴冬にぶつけたの。そしたら逆に謝られた。私と結婚するつもりでいたから、ゆっくり愛を育んでいこうと思ってたって。それから少しずつ触れ合うようになって……。初めて晴冬とシたとき、痛さよりも満ち足りた気持ちのほうが大きかった」
穏やかに、それでいて愛おしそうに話す琴ちゃんが光り輝いて見える。
これが幸せオーラなのかな……。
「礼桜ちゃんは怖い?」
「怖いっていうか、まだ思い描けないの……。
最初はおでこにキスされるだけでもテンパってたのに、今はそれだけじゃ物足りなくて、口にもしてほしいって思うようになって……。もちろんその先もあるって知ってるけど、具体的にどうしたらいいかも分からないし、私にはまだ早いって思うんだけど……」
少しずつ小さくなる声に合わせるように私の顔も次第に俯いていく。
「礼桜ちゃんの心が追いつくまで九条君は待っててくれるよ?」
「でも、九条さんは今まで〝来る者選んでより取り見取り〟だったから、私が待たせすぎると愛想尽かされるんじゃないかって不安が押し寄せてくるときがあるの」
「………それ九条君に話した?」
「この前、話の流れで私に飽きたかどうか聞いたけど……」
「九条君は何て?」
「飽きるわけないって怒られた。むしろ独占欲ばかり強くなって困るって……」
「だろうね。見てて分かるもん」
琴ちゃんが分かるといったことが、私にはいまいちよく分からない。
「礼桜ちゃん、九条君はなんで独占欲が強くなって困るって言ったと思う?」
「……分からない、です」
「手を出せないからだよ」
手を出せないと独占欲って強くなるのだろうか。
「礼桜ちゃんは口以外のキスだけだと物足りなくなってきたって言ったよね?」
「はい」
「最初は好きな人と付き合えるだけで幸せだって思うのに、好きっていう思いが募ると、相手を理解したい、触れたい、抱きしめたい、キスしたい、もっともっと体も心も繋がりたいって、どんどん欲が出てくるの。だから、礼桜ちゃんが口にキスしてほしいと思うのは当たり前のことなんやで」
「そっか……」
「九条君はさー、周りがドン引くくらい礼桜ちゃんのことが大好きやんか。ほんまはイチャイチャしたいと思うねんなぁ。でも、理性をかき集めて我慢してるから、そこは偉いな〜って思う。それだけ礼桜ちゃんのことがほんまに大切なんやねー」
私が思ってる以上に九条さんに我慢させてるのかもしれない。
「礼桜ちゃんに手は出せないし、礼桜ちゃんに近づく虫には警戒しないといけないし、礼桜ちゃんを誰にも取られたくないって想いが独占欲へと繋がっていってるんやろうね」
琴ちゃんは可笑しそうにケラケラ笑ってる。
「じゃあ九条さんとイチャイチャしたら解決する?」
「それはどうやろ? 一概に言われへんのと違う。また違う欲や不安が出てくるやろうし。
でも、大好きな人とすると、もちろん気持ちいいんだけど、すごく安心する」
「安心?」
「そう。どう言ったらいいんだろう。好きな人とイチャイチャすると言葉で伝えるより相手の気持ちがダイレクトに伝わってくるの。その愛をたくさん感じて安心するんだと思う」
「ヤリ
確かに九条さんの腕の中にいるだけで、好きっていう気持ちが伝わってくるし、安心する。
マンガでは描写メインのものが多いから行為自体もエロいだけかと思ってたけど、好きな人とする行為にそんな愛情確認が隠されているなんて知らなかった。
そっか……痛いだけじゃなくて、幸せで心が満たされて安心できるんだ……。
「教えてくれてありがとう」
「礼桜ちゃん、九条君が我慢してるからって無理して進める必要はないんやで。九条君は礼桜ちゃんのペースに合わせてくれるから」
「うん。でも、本当にそれでいいのかな……。
九条さんは今日も学校まで迎えに来てくれて梅田まで送ってくれたの。いっつもしてもらうばかりで何も返せてないのに、そのうえ我慢させたら、いつかフラれるんじゃないかな……」
自分で言ってて情けなくなる現実に俯きかけた瞬間、
「ないな」
力強い即答に、俯きかけた顔を上げポカンとしてしまった。
「九条君が礼桜ちゃんを振る? 九条君がフラれるんじゃなくて? 絶対にないわ。断言できんで」
「そうかな?」
「気に病む必要すらないと思うけど、気になるんなら、笑顔でありがとうって言うておけば?」
「そんなんでいいの?」
「うん。それでも気になるなら、頬っぺにチュッてして、時々大好きって伝えればええんちゃう。九条君はそれで十分やで」
「なんか雑すぎない?」
「全然。礼桜ちゃんのことが大好きでやってるんだから、ありがとうでええねん。で、礼桜ちゃんが次のイチャイチャに進みたくなったら、礼桜ちゃんからいけばいいし」
「どうやって?」
「今日買った下着を着て見せればオールオッケー!」
いい笑顔でサムズアップされた。
サムズアップの仕方が、どことなく晴冬さんと似通っている。
「九条君がどんな反応したか絶対に教えてね!」
ものすごく目が輝いている。
「……琴ちゃん、私で遊んでるでしょ?」
「まさか。私は大真面目やで。
大丈夫! 礼桜ちゃんが悩んでることは、九条君に話した時点で悩みにすらならないから。
礼桜ちゃん、恋愛は一人でするものちゃうからね。二人でするものやねんから。一人で悩んだって何も解決しないし、拗れる原因になることだってあるし、一つもいいことないと断言できる! だから、悩んだときは九条君にきちんと伝えるって私と約束してほしい」
私が肯首すると、琴ちゃんは嬉しそうに笑った。
「あ゛ぁ〰︎、留学やめようかな」
「え? 何で?」
「こうやって向かい合って礼桜ちゃんの悩みが聞けなくなるから」
「えぇ!? そんな理由でやめたらダメだよ!」
「じゃあ何かあったら必ず連絡してくれる?
……違うな。何もなくても連絡取り合おうね!」
「分かった。でも頑張ってる琴ちゃんの迷惑にならない?」
「むしろ連絡来ないほうが迷惑」
「なんで?」
「気になりすぎて礼桜ちゃんのせいで勉強できない」
「えぇ!? それは大袈裟じゃ……」
「大袈裟ちゃうよ。電話に出れなくても絶対に折り返すから、約束やで。私からも連絡するし。そのときはテレビ電話しよ。」
「うん! 分かった。琴ちゃん、ありがとう」
やばい。めっちゃ嬉しい。
「ちなみに私は何でも晴冬に伝えてるよ」とウインクして、琴ちゃんはフラペチーノを飲んだ。
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