第26話 ◆策略 vs 無関心(琴音視点)①

 最初は、よく目が合う男の子がいるな〜という印象だった。


 私が礼桜ちゃんから視線を逸らし、何気にコーヒーショップの店内を見回すと必ず目が合う男の子がいた。


 ずっとこちらを見ているわけでもなく、連れの女の子達と楽しそうに話してるし、その男の子から特段何の違和感も感じなかったので、この子も私と同じように店内をただ見ているのだろうと思っていた。



 晴冬たちから礼桜ちゃんの前に現れる男のことは聞いていたので、いつも以上に周囲に気を配っていた。この男の子のことも気にかけておこう程度だった。




 違和感を感じたのは、帰る準備を始めたとき。


 時計の針が18時を過ぎたので、そろそろ帰ろうと私たちは席を立った。


 礼桜ちゃんが先にダストボックスへと向かい、その数歩後ろを歩きながら何気に男の子に目を向けた瞬間、悟った。


 ドクン!ドクン!と警鐘を鳴らすかように激しい心音が体じゅうに響きわたる。



 この男だ!!!



 礼桜ちゃんをつけ回してるのはこの男だとすぐにピンと来た。



 男は礼桜ちゃんから視線を逸らすことなく、ただ静かに見つめていた。


 連れの女の子たちにバレないように、にこやかな笑顔を貼り付け、口にストローを咥えコーヒーを飲みながら、礼桜ちゃんの動きに合わせその男の視線も動く。


 男は昏い双眸に好意を乗せ礼桜ちゃんを見ている。



 私が動揺しているのを気づかれるわけにはいかない。


 落ち着け! 落ち着け!!



 誰にも気づかれないように一度深呼吸した後すぐさまポーカーフェイスを貼り付け、思考を始めた。




 この男はいつから私たちの周りにいたのだろう。



 九条君が礼桜ちゃんを学校から梅田まで送ってきたので、付けてきた可能性は限りなくゼロに近い。あの番犬が気づくはずだから。


 男は一般的に見てもイケメンだ。晴冬や九条君たちより背は低いが(彼らが高すぎるだけだが)、十分すぎる上背うわぜいもある。


 礼桜ちゃんと待合せたときから、私も周囲に気を配っていた。もちろんランチのときも。

 こんなに整った顔の目立つ子なら、絶対に気づいたはずだ。


 ということは、雑貨屋から?

 デパコスを買ってるとき?

 ……いや、いなかった。


 下着屋にもいなかった。


 可能性として一番高いのは、下着屋からこの店までの間か、もしくはこの店に入ってからだろう。


 この大都会梅田で、同じコーヒーショップで同じ時間帯にお茶するなんて、どんな確率やねん。宝くじと同じくらいちゃうか。



 この男は今からどう動くのだろう?



 礼桜ちゃんを守れるだろうか。


 いや、違う!

 私が絶対に守る!!



 礼桜ちゃんには返し切れない恩がある。








 晴冬のご両親が爆発事故で亡くなったのをきっかけに、晴冬の人生は激変した。そして、それは私たちの関係をも一変させた。



 晴冬と別れてからの毎日はとても色褪せていた。地元にはいない晴冬の影を気づけばいつも探していた。勇気を振り絞り一度だけ連絡したら、無機質な音声ガイダンスで使われていない番号だと知らされ晴冬に繋がることはなかった。

 晴冬の実家にはガラの悪い男たちが入り浸り、そいつらを見るたびに腹の底から怒りが湧き上がった。何度襲撃してやろうと思ったことか。


 晴冬に会いたい。

 私のために別れを選んだって分かってる。

 だけど、私はそんなこと望んでない。

 私は晴冬の隣で笑うことしかできないけど、

 晴冬がしんどいときは抱きしめて背中をさすってあげたいし、晴冬が寂しいときは夜一緒に眠りたい。晴冬を支えたかった……。


 晴冬は今どうしているだろう。

 泣き虫だから泣いてないといいけど。

 晴冬、私は晴冬の隣にいたいよ。

 

 一人で格好つけて勝手に別れを選んで、もしどこかでばったり会ったら、そのときは絶対に文句言ってやるんだから!!


 晴冬を想うたびに涙が溢れて、一人むせび泣いた。


 嫌いになって別れたわけじゃない。

 それがこんなにも辛いなんて。

 心と体がバラバラになりそうだった。




 晴冬と別れて7ヶ月が経っても、外に出るたびに無意識に晴冬を探してしまう。


 両親や友人たちにもたくさん心配をかけてしまった。

 この頃、少し立ち直った私は、このままじゃいけないと思い留学を決めた。

 このときの私は、まさかまた晴冬から告白されるなんて思いもしなかった。



 キューズモールで晴冬と再会したとき逃げた私を追いかけるように晴冬の背中を礼桜ちゃんが押してくれたから、今の私たちがいる。



 再び想いが通じ合った後、私たちは離れていた9か月を埋めるかのようにお互いを求め合った。


 私を抱きしめながら泣いている晴冬が愛おしくて、晴冬に組み敷かれた状態で彼の頭を撫でながら、私も涙が止まらなかった。


 晴冬は9か月経っても泣き虫のままだった。




 復縁した後、晴冬はいろいろな話をしてくれた。


 礼桜ちゃんの話になると、いつも楽しそうに笑いながら教えてくれた。

 清々しいほど卑怯な手ばかり思いつくんやでって。それを俺で試そうとするって。恩人であり、仲間であり、妹のような存在で、鈍感すぎて気が気じゃないって。


 礼桜ちゃんに対する恋愛感情は一切見られないのに、私は不安を拭えなかった。

 だって、キューズモールのゲームコーナーで見た二人は、とても仲良く見えたから。二人の笑い合う姿が目の奥にこびりついて離れてくれない。

 


 善さんのお店で礼桜ちゃんと会い、話していくうちに礼桜ちゃんがどんな子か知ることができた。

 真面目で明るくて優しくて、芯が一本通ってるのに鈍感で、一生懸命なのにどこかズレてて、そんな礼桜ちゃんのことが大好きになった。


 そして、礼桜ちゃんの隣には独占欲を垂れ流す猛獣が張り付いていた。



 私の心をどんよりと覆っていた灰色の不安は一気に霧散し、心の中が綺麗に晴れ渡っていく。晴冬と礼桜ちゃんが私に向ける笑顔は、私の心に暖かな陽光を降り注いでくれた。






 絶対にこの男から礼桜ちゃんを守る!




「琴ちゃん、先捨ててごめんね」


 カップをダストボックスに捨てたあと笑顔で振り返った礼桜ちゃんに「ええよ」と笑って答えた。















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