第14話 呼び出しをくらいました。②
職員室を訪れた私は、その後、相談室へと移動した。相談室といっても、カウンセラーの先生がいる部屋ではなく、どちらかというと小さい会議室のようなつくりの部屋だ。
私たちは、横並びに置かれた長机2台を挟み、向かい合わせに座った。
担任のほかに特進科の科長も同席し、私を見ている。
「高丘、残ってもらって悪かったな」
「いえ」
こうやって呼び出されることは初めてなので、少し緊張してしまう。
担任は科長と目配せすると、躊躇いがちに口火を切った。
「実はな、昨日の夕方、高丘のことで学校に電話がかかってきたんやけど……」
「はい」
「その電話の内容が、特進科2年の高丘礼桜さんがバイトをしているんですが、そちらはバイト禁止の学校ですよね。許可はされているんですかって。まぁ、うん……ものすごい勢いで怒ってはった」
「そうですか」
「詳細を確認しますと言って電話を切ったんやけど……。俺も科長も、まさか高丘について電話がかかってくるなんて絶対ないと思ってたから信じられなくてな」
「……はい。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「電話がかかってきた以上、俺らはお前から話を聞かなアカン。……正直に話してくれるか」
「はい」
私は真っすぐ先生たちの目を見て答えた。二人とも私の返事を受けて頷いている。
「バイトの件は本当か?」
「バイトかどうか分かりませんが、土日祝日だけお店のお手伝いはしています」
一昨日、お昼ご飯を食べながら、理人お兄ちゃんから、あの男が仕掛けてくる想定事例とその対処法を聞いていて本当によかった。学校にバイトの件で電話が入るのは、ある意味、想定どおりだ。だって、一番可能性が高い事例の一つだったから。
ていうか、あの男、本当に学校に電話しやがった。今度会ったらただじゃおかない。
清々しいほど卑怯な嫌がらせをお見舞いしてやらなきゃ気が済まない。晴冬さんに相談して、晴冬さんが一番嫌がる嫌がらせにしよう。九条さん達はハイスペックすぎて、いまいち参考にならない。その点、晴冬さんは一般的な感覚を持っているから大変参考になる。
「お手伝い? でも、お前の家、自営ちゃうかったよな?」
「はい」
「親戚か何かか?」
今まで一言も発しなかった科長が尋ねてきた。
「いや、高丘の両親は九州出身って言うてたし、大阪にも親戚等はいなかったはずですが……」
どうして先生はそんなことまで知ってるのだろう。……あぁ、そういえば、三者懇談のときお母さんと世間話してたな……。
うちの担任は、クラスのことは意外と淡白というか、どこかやる気がないというか、なので終活も学年で一番早く終わる。話が長い先生より必要事項だけを伝えて解散するので、ありがたい。その上、授業は分かりやすく、とても面白い。先生の教え方がいいので、得意教科の一つとなっている。
余談だが、1年生のときの担任もこの
受験に失敗し併願で来た私が早々に前を向けたのは、ヤマさんが担任だったから。クラスメイトも個性的な人が多く、刺激をたくさんもらい、とても楽しいクラスだった。だから、2年生でもまた先生のクラスになれて本当に嬉しかった。このクラスでよかったと心から思っている。
ヤマさんは、よく生徒のことを見ている。それを表に出すことはないが、何か困ったときは的確にアドバイスをくれる。
「じゃあ、誰の手伝いを?」
科長の双眸が私を見据えた。
来た!
私は大きく息を吸い、心を落ち着けて平然と答えた。
「婚約者です」
「「………………………………は?」」
結構間があったのに、「は?」という音がハモった。先生たちの顔を見ると、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「……アカン、俺、よく聞き取れへんかったわ。ごめんやけど、もう一回言うてくれへん?」
どうやら先生たちには驚愕の事実だったようだ。動揺を隠せないヤマさんが、耳の中に指を突っ込んでホジホジしながら聞いてきた。
「婚約者です」
「聞き間違いじゃなかったぁぁぁぁぁぁ」
ヤマさんは両手で頭を押さえて叫び始めた。
少し大袈裟で、驚き方がちょっと古い気がするけど、……でもなんか笑える。ちょっと面白いけど我慢だ!
「………………お前、婚約者がおったんか!?」
科長も目をこれでもかと見開いて、信じられないという顔で聞いてきた。
「はい」
「「………………………」」
一昨日、理人お兄ちゃん達に怒られていてよかった。あの地獄の説教に比べたら、先生二人の追及はとても優しく感じる。だから、焦ることもなく、平常心を保ったまま質問に答えられる。
「あの、今日、その婚約者が迎えに来ているんですが、あれだったら、呼び、ましょうか?」
恐る恐る九条さんが来ている旨を伝えた。
先生たちは目を見開いた後、どうするか二人で目配せをし始めた。
科長は眉間にしわを寄せて難しい顔をしている。きっとどうすべきか考えあぐねているのだろう。
ヤマさんは……、顔は強張っているが、いまいち何を考えているかよく分からない。
「迎えに来てるんなら、高丘の婚約者に一度会ってみませんか? 会って話を聞かないことには何とも言えませんし。……いや、ぶっちゃけ、高丘の婚約者を見てみたいだけなんやけど」
ヤマさんが科長に提案した。この二人、意外に年が近いので、常日頃から結構タメ口で話しているのをよく見かける。
「……そう、だ、な」
「ほんまに迎えに来てるんやな?」
「はい。学校の近くにあるパーキングに車を止めて待ってると思います」
「来てくれそうか?」
「はい」
私はリュックの中から携帯を取り出すと、電源を入れて九条さんに電話をかけた。先生たちにも聞こえるようにスピーカーにする。
『もしもし』
「もしもし、九条さん、すみません、今から学校に来れますか。お店のお手伝いのことで先生たちがお話を聞きたいそうなのですが……」
『分かった。今から向かうね。どこに行ったらいい?』
先生たちを見ると、相談室に来るようにジェスチャーで伝えられた。
「えっと、本館8階の相談室に来てほしいんですが……」
『分かった。5分ほどで行くね』
「はい。ありがとうございます」
電話を切った後に流れる沈黙。
先生たちも緊張しているのかな?
……そんなわけでもなさそうだな。
「えらいあっさり了承したな。……あっ! 保護者証がないと門の守衛さんに止められんで!」
ヤマさんが少し焦ったように伝えてきたので、
「あの、大丈夫です。母が彼に保護者証を渡していますので」
「え? そうなん?」
「言っとくけど、婚約者は保護者じゃないから、渡したらアカンねんで」
「高丘のお母さんは分かってそうやけどな……。何で渡したん?」
「何でと言われても……、何となくこうなるって予想してたので……」
「「は?」」
二人ともまたこれでもかと目を見開いている。
「詳しくは九条さんが来てからでもいいですか?」
「……ああ。それより、お前、婚約者のこと、名字で呼んでんのか?」
「はあ、まあ、そうですけど」
それから、九条さんが来るまで、どんな人なのか、根掘り葉掘り聞かれた。
なので、私の4歳年上で、現役の阪大生だと伝えると、またこれでもかと目を見開いて驚いていた。
先生たちにとって想像もできないような展開になっているということだけは、鈍いと言われる私でも何となく分かった。
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