第15話 高丘礼桜という生徒(担任視点)①

 高丘礼桜は、第一志望の公立高校に落ちてこの学校に来た。


 うちの高校は中高一貫校でスポーツも盛んだ。生徒数も1学年500人以上とかなり多く、いわゆるマンモス校である。

 高等部の生徒は主に4つのルートから入学してくる。

 中学から上がってきた一貫生、スポーツ推薦、専願、そして、高丘のように受験に失敗して来る併願。ルートが違えばこんなに違うのかというくらい、生徒の心持ちはそれぞれ全く違う。

 一貫生とスポーツ推薦はここでは割愛するが、専願の生徒と併願の生徒はすぐに分かる。併願の生徒は挫折を経験して入学してくるので、専願で来た生徒に比べ、浮かれている生徒はあまりいない。



 高丘礼桜も、第一印象はとても大人しい、静かな生徒だと感じた。授業中、いつも誰かが面白い視点で質問してくるのだが、そんなとき高丘はニコニコしながら聞いている。周りが声を出して笑っていても、俺は高丘が声を出して笑っている姿を見たことがない。

 授業態度は真面目で、寝ることもなく、俺ら教師の話をよく聞き、ノートもきちんと取っている。忘れ物もせず、提出物も期限内にきちんと提出する。教師が何か頼めば、嫌な顔一つせず手伝ってくれる。朝と帰りの小テストでは常に満点。授業の中で行う小テストでも満点か1問間違いぐらいで、ほかの教師からの信頼も厚い。

 一言で言うなら、真面目な優等生。



 それが、俺から見た高丘礼桜だった。



 しかし、毎学期行われる三者懇談で、俺が見ている高丘は、どうやら素ではないということが分かってきた。

 高丘の母親に学校での優等生ぶりを伝えると、「え? 誰ですか、それ?」と真顔で返された。お母さんから聞く高丘礼桜は、学校での姿とはかけ離れており、俺は伝えられてもピンと来なかった。


 あれは1年生最後の三者懇談だっただろうか。

 懇談が終わり、教室を出た直後に「いい加減、猫かぶるのやめなさい!!」と母親が怒っている声が聞こえてきた。あのとき高丘の声は小さく、よく聞き取れなかったが、「このままでいい」と答えていたような気がする。


 学校と家とのギャップがあまりにも大きいので俺は注意深く高丘を観察してきたが、1年生が終わる時点でも〝真面目で優等生の高丘礼桜〟のままだった。



 中学のとき地味な子が高校デビューすることはよくあることだし、俺もそういう生徒をたくさん見てきた。だけど、逆はあまり見たことがない。

 高丘の母親は「この子はヒエラルキーの一番下にいて、そこから人間ウォッチングをしているんですよ。ほんとタチが悪い」と言っていた。


 なるほど。

 そういう視点で2年生になった高丘を見ていくと、また違った高丘礼桜が垣間見えてきた。


 高丘は決して自分から前に出ようとはしない。だからといって人前が苦手かというと、そういうわけでもない。人前で何かを発表するときも臆することなく堂々としている。


 そういえば……、俺は、緊張して顔が強張っている高丘を見たことがない。


 ヒエラルキーの一番下にいる真面目な地味子だとみんな思い込んでいるが、果たしてそうなのだろうか。


 中学校から引き継いだ資料もファイルに挟んで持ってきている。それを見ると「テニス部キャプテン」の文字が目に入った。高丘の性格上、「私がキャプテンします」とは絶対に言わないはずだ。ということは、顧問が「高丘、お前キャプテンな」と伝えた可能性が高い。キャプテンは誰でも務まるわけではない。それだけのスキルを持っていたということだ。


 また、ヒエラルキーを気にする生徒が抱く劣等感などが、高丘からは一切見られない。淡々とそこにいるのだ。


 真面目で優等生なのは間違いないが、本当にそれだけか?




◇◇




「婚約者はいくつ?」


 婚約者が来るまでの間に少しでも情報を得たいのだろう。

 科長のウラさんが高丘に質問をし始めた。


「4つ上なので、今年21です。今はまだ二十歳はたちですけど」


「二十歳で店を経営してるとかすごいな」


「あ~、そうですね。でも、本業は学生?」


 高丘が俺を見て確認をするように首をかしげてきた。


「いや、俺に聞かれても」


 俺が知るわけないやろ。


「ですよね。えっと、九条さんは今、阪大の3年生です」


「「は? 阪大生?」」


 またもやウラさんと一言一句かぶってしまった。


「はい。工学部って言ってたかな? 阪大は理工学部ってないですよね? 理学部と工学部って分かれてましたよね? どっちだったかなぁ」


「「…………………………」」


 阪大は日本でも上位に位置する難関国立大学だ。誰でも簡単に入れる大学ではない。


 今3年生ということは、現役合格っちゅうことやろ? そんで店もやってるとか……。



「……どうやって出逢ぉてん?」


「母のお遣いで九条さんのお店に行く用事があって。で、店の前でひったくりを止めたのが縁、というか出逢いになるのかなぁ?」


「「は?」」


 高丘は、さりげなく、とんでもないことを放ちよった!


 戸惑いを隠せない表情のウラさんと目が合う。

 とりあえず心を落ち着けて俺が尋ねることにした。



「…………ひったくりを止めた?」

「はい」

「誰が?」

「私が」

「……どうやって?」

「え~っとですね、こうやって水筒を振り回して、急所を蹴りました」


 腕を右から左に振って、下から上に振り上げた。ジェスチャーだったが水筒が思い浮かび、どうやって止めたのか鮮明に想像できた。


「「…………………………」」


 なんて無茶なことを。一歩間違えれば、高丘自身が危なかったというのに。

 しかも、何ちゅう方法で止めてんねん!


 ひったくりを止めるなど、人生で一度あるかどうか。いや、一度もないまま人生を終える人がほとんどだろう。それなのに、淡々と〝財布を拾ったので交番に届けました〟ぐらいの軽い感じで言うとるし。


 ひったくりを止めるとか、今思い出しても心臓バクバクちゃうんか!?


 ……もしかして何年も前の出来事だから、そんなに平然としているのかもしれない。



「高丘、それはいつの話?」


「え? 1学期の始業式ですけど」


 最近やないか!!!

 ……ちょお待て! もしかして、まだ付き合うて3か月も経ってへんのと違うか?



 アカン! 次から次に疑問が湧いてくる。




 頭を抱えたくなる衝動を抑え、いろいろ尋ねようとしたときだった。


 コンコンと扉をノックする音がした。


 科長が「はい」と答えると、背の高い、モデルさんですか?と言わんばかりのナイスルッキングイケメンが「失礼します」と言って入ってきた。


「九条さん!」


 高丘が嬉しそうに名前を呼んだ。

 九条と呼ばれた男も、優しい眼差しを高丘に向け微笑んでいる。


 え? このイケメンがお前の婚約者?

 想像してたんと違ぁぁぁぁぁう!!!!!



 ……詐欺ちゃうよな?

 きっちり見極めなアカンな。


 ウラさんもそう思ったのか、俺のほうをチラッと見てきた。





 俺は、高丘礼桜という生徒を見誤っていた。


 優等生の印象が強くて分かりづらかったが、母親の言うとおり、かなりぶっ飛んだ生徒だったようだ。






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