第16話 高丘礼桜という生徒(担任視点)③
「はじめまして。九条湊と申します。今日は同席を許可してくださってありがとうございます」
高丘の婚約者、九条君は、俺たちの正面、高丘の右隣りに立ち、軽く頭を下げ同席のお礼を伝えてきた。
柔らかい雰囲気、穏やかな口調、ルックスはさることながら清潔感もあり爽やかで、一般的に見て好青年だ。
だが、俺もウラさんもいろんな生徒を見てきた。目の前に立つ九条君がそれだけの男ではないことぐらいすぐに分かった。一癖も二癖もありそうな、二十歳で出すこの落ち着きが逆に胡散臭く感じる。
それよりも……。
「君が湊君か」
九条君はきょとんとして俺を見ている。
君とは初対面だけど、高丘の母親が三者懇談で「湊君、ありがとう!!」って天を仰いでお礼を言ってたからな。あれ、マジでウケたわ。
「はじめまして。私は特進科科長の
どうぞおかけください」
「ありがとうございます」
高丘が椅子の上に置いている荷物を反対側へと移している。九条君はそれを優しい眼差しで見ながら、高丘に手を貸したい、むしろ自分が荷物を移動させようかぐらいの空気を纏って見守っていた。結局、荷物は九条君の手を借りることなく高丘が楽々と移した。……当たり前だけどな。
男の俺から見ても、九条君は格好いい。
だから、高丘からアプローチをして付き合うことになったんじゃないか、高丘を想う気持ちはそれほどないのかもしれない……などと心配したが、どうやら逆のようだ。
誰が見ても、九条君から高丘へぶっとい矢印➡︎が出ている。
……本気ちゅうことか。まあ、本気じゃなきゃ、わざわざこんな場所には出てこないか。それにしても、九条君は立ち居振る舞いがスマートやな。
九条君が座ったのを見計らって、ウラさんが口火を切った。
「さっそくですが、今日、高丘さんを呼んだのは、昨日学校に高丘さんがバイトをしているという連絡が入ったからです」
「はい」
「話を聞くと、……失礼、九条君と呼んでも?」
「もちろんです」
「九条君のお店で土日祝日だけお手伝いをしていると高丘さんから伺いました」
「はい」
「……ちなみに、どういったお店を?」
「革小物専門店を営んでいます。
口で説明するより見せたほうが早いな……」
最後は独り言のようにつぶやくと、高丘のほうに顔を向けた。
「礼桜ちゃん、タブレット持ってる?」
「はい」
「タブレットでお店のホームページ開ける?」
二人の間には穏やかな空気が流れている。
……どうでもいいが、この二人、「九条さん」「礼桜ちゃん」と呼び合ってるんか?
高丘はリュックからタブレットを取り出すと、ホームページ画面を出し、よく見えるように俺らの前に置いた。
ウラさんと一緒にホームページを覗き込む。
トップページには、店の外観だろうか、の写真が映し出された。白壁で、大きめの2つの窓から店内の様子が窺える。黒の取手がついている一枚板の扉は、店の雰囲気とよく合っている。この扉が、店がお洒落だと感じる重要なツールの一つになっていることは間違いない。窓や扉の上あたりに「Blueberry Flowers」の文字と、その横に小さくブルーベリーの花の絵も描かれていた。もっとごつい店名かと思っていたので、とても柔らかい名前だと感じた。
タブレットを横にスクロールすると、もう1枚、今度は店内の写真が出てきた。
店内には、いろいろな種類のバッグや財布、ポーチ、キーケースなどがセンス良く配置されてある。明るい店内は、きっと革製品の匂いに包まれているのだろう。
商品のページをウラさんが開いた。
(おっ!これいいな)と思う商品がたくさん並んでいる。どれも機能的で、俺でも欲しいと思う商品がたくさんあった。
二十歳の男が店を営んでいると聞いて、俺はもっとレベルの低い店かと勝手に思い込んでいた。
……先入観はアカンな。
誰にも気づかれないように、俺は後ろめたい気持ちを吐き出しながら息を一つ吐いた。
「もともと自分の趣味で作っていたんですが、兄や兄の友人の目に留まり、こんなの作れるか、こんなのが欲しいとお願いされて作っていくうちにだんだん広がっていって……。前までは店を構えずネット販売のみだったんですが、百貨店の催事などに呼ばれるようになって口コミで広がっていったので、仕方なくというか……。僕も大学があるので、基本的に土日祝日しか開けてないんですけど……」
ホームページを確認している俺らの邪魔にならないように、でもきちんと俺らの耳に届くように、穏やかな口調はそのまま、絶妙な声量で言葉を紡いでいく。そのため、ウラさんも俺も九条君の話を聞きながらホームページを見ることができた。
あらかたホームページを見終わると、俺とウラさんは九条君や高丘と向き合った。
ウラさんが質問をし始める。
「ありがとうございました。どのようなお店かよく分かりました。それで、高丘は何のお手伝いを?」
「僕一人では店が回らなくなってきたので、主に配送作業と店番を手伝ってもらっています」
「配送作業?」
「ええ。一応、四天王寺の近くでお店を開いているんですが、今でもネット販売が主なので。商品の梱包、配送準備を彼女にはしてもらっています」
「……それは結構あるのか?」
ウラさんが高丘のほうを見て尋ねている。
「う~ん、どうでしょ。そんなにないと思いますけど?」
「多くても10個ぐらいです」
九条君がきちんと数字を出して答えてくれた。
高丘、お前、適当すぎひんか?
九条君に説明を丸投げする気満々なのが隠れてへんぞ。
俺は高丘に目でそう訴えると、〝しまった、バレてしまった〟という顔をして目を逸らされた。
九条君は俺らのそのやりとりに気づいているようだが、何も言わずウラさんとの会話を続けている。
「ほかに高丘がしていることは?」
「そうですね……」
九条君は高丘を見た。
高丘はさっき適当に答えて俺に睨まれたので、九条君が挽回のチャンスを与えたようだ。
九条君の双眸を受けて高丘が答えた。
「私がほかにしてること……。日祝日は開店の準備から始まって、あと店番と、閉店間近の片付けは土日祝日共通でやってます。あっ! ゴミも集めてます」
「「………………………………」」
え? それだけか? ほかにもっとあるやろ?
九条君だけ高丘の話を聞きながら可笑しそうに微笑んでいる。
「一応聞くが、高丘、お前、お金もらってるんやんな?」
「はい! 日当でもらってます!」
「日当……。……開店準備は何してるん?」
「開店準備ですか? 陳列棚のホコリをはらって、商品を軽く拭いて、表を掃いてます」
「店番は?」
「背の高い折畳み椅子に座って、ボーっと外を見ています」
「…………。じゃあ、閉店の片付けは?」
「扉の札をCLOSEにひっくり返して、ごみを集めて回ります。その後、店内や事務所などにささっとモップをかけて終わり、ですかね? ほかに何かあったかなぁ……。汚れているところは拭いたりしてますけど……」
一生懸命考えているが、思いつかないようだ。
「…………お前がしているのはそれだけか?」
「はい!」
元気よく「はい!」ちゃうで。何やねん、その楽なバイトは。そんなんバイトって言えるんか?
……お金もらってたらバイトになるんかな? え? バイトの定義って……?
アカン。のほほ~んと答える高丘を見てたら、こっちまで考えが鈍くなってくる。
「高丘、お前は何時頃まで店にいるんだ?」
「えっと……、閉店時間は一応午後5時なんですけど、その日の九条さんの気分次第なので、日によって違います。だけど……夕方の6時には大体家にいることが多い気がします。」
ウラさんと二人で九条君を見た。
九条君は苦笑しながら、
「そうですね。集配の方が午後3時過ぎに来るので、すべて配送し終わったら、あとは適当な時間で閉めています。
……5時まで開けてることって最近ないよね?」
九条君は高丘のほうを向いて確認すると、高丘も力強く頷いた。
「……なるほど」
ウラさんは俺のほうをチラッと見てきた。
分かっとるわ!
これがバイトって言えるのかってことやろ?
……一旦保留にするか。
今度は俺が気になっていることを聞くことにした。
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