第13話 呼び出しをくらいました。①

—7月20日(水)1学期終業式—


 私が通っている高校は中高一貫のマンモス校だ。

 高等部の1年生から3年生まで全生徒が集まることができる大きなホールはあるが、1,500人を超える大移動になる。そのため、終業式の校長先生のお話は教室のテレビを通して聞くのだが……、これがまあまあ話が長い。いや、毎回めちゃめちゃ話が長い。


 今日も既に5分を超えている。

 生徒の顔も見えない中、よくカメラに向かって長々と話せると思う。


 私なんか1分が限界だ。原稿があったら3分はいけるかな。そう思うと、校長先生の長話はある種の才能なのかもしれない。

……聞いているこっちは迷惑この上ないが。



 最初の3分ぐらいは真面目に聞いているが、5分を超えるとみんな自分の世界に入り込んでいく。


 周りを見ると、隣の男子はタブレットでマンガを読んでいた。反対隣の男子は、バレないように本を立てて課題をしている。本を立てている時点でバレていると思うが……。斜め後ろの女子は、爪を見つめて何か考えている。きっと夏休み期間中どんなネイルにするか考えているのだろう。机に突っ伏して寝始めている強者つわもの男子もちらほら。


 隣のクラスの女の先生は、校長先生のお話の最中に寝ていたら容赦なく背中をぶっ叩いて回るらしいが、うちの担任は……、クーラーが効く南側の窓にもたれかかって、腕を組んで立っている。少し顔を下向けて、絶妙に目がよく見えない姿勢なので目を瞑っているかまでは分からないが、確実に言えることは、絶対に校長先生の話なんぞ聞いちゃいない。


 一通りクラス内の観察も終えたが、校長先生のお話はまだ終わる気配がない。もしかして15分コースに突入か!?


 聞いていますフリをするため、ボーっと校長先生を見ながら、喋っているその声をBGMに私は一昨日のランチのことを思い出していた。




◇◇




 久しぶりに理人お兄ちゃん達に会えるのが嬉しくて、ウキウキしながら行ったのに……。




 迎えに来てくれた九条さんとお好み焼き屋〝善〟に入ると、既にみんな揃っていた。


 なぜか理人お兄ちゃんは腹黒魔王弁護士様モードで、心臓に悪いほどの色気を放ち光り輝く笑顔で私を迎えてくれた。そして、魔王様を中心に幼馴染で悪友の3人——あきらさん、蹴兄ちゃん、樹兄ちゃんが居並び、こちらも私を見て微笑んでいる。



 私は一瞬で顔が引きつった。


 ……よし! 帰ろう。


 善さんのご飯を食べられないのは非常に残念だが、緊急事態だ。


 〝逃げるが勝ち〟

 このまま踵を返して逃げよう!!



 右足を後ろに引き、逃走経路を確認するためチラッと入口を見ると、九条さんが出入口の引き戸の前に立っていた。



 なんで九条さんがそこにいるの!?



 ……そういえば、九条さんが引き戸を引いて私を先に入れてくれたんだった。そりゃあ、引き戸の前にいるわな。



 そして、九条さんも爽やかな笑顔で私を見ている。一瞬で九条さんもグルだと悟った。





 黒い笑顔の4人+九条さん。


 これから何が起こるか想像したくもない。



 最近何かやらかしたっけ?とフル回転で思い出すも、まったく身に覚えがない。

 だけど、過去の経験から、間違いなく、絶対に、これからお説教が始まる。



 いまだに4人から放たれる笑顔の圧がすごい。


 ほとんどの女性はそんなキラキラの笑顔を向けられたらトキメいて赤面するのだろうが、私にはこの笑顔が恐ろしい地獄の悪鬼のそれにしか見えない。



 何も考えたくない。

 笑顔の圧に耐えられず、私の意思は現実逃避を選んだ。


 目の端に晴冬さんを見つけた。

 カウンター席に座っている晴冬さんは、既に気配を消し、背景と同化している。


 ……とばっちりを受けないように気配を消してやがりますね。

 どうにかして背景と同化している晴冬さんを引っ張り出せないかな。一人で怒られるより、晴冬さんでもいいから怒られ仲間が欲しい。


 晴冬さんを見ながらそんなことを考えていたら、私の視線に気づいた晴冬さんからめっちゃ睨まれた。

 (ええか! 俺を巻き込んだら許さへんで!)と目で威嚇してくる。


 私の精神衛生上、晴冬さんの威嚇は気づかなかったことさせていただきます!


 それを伝えるために晴冬さんに向かって少し口角を上げると、思いっきり顔をしかめられた。





「礼~桜ちゃん♡ こっちに座ろ」


 魔王様が4人席を人差指でチョイチョイと示している。


 ……嫌だ。丁重にお断りしたい。


 だけど、腹黒魔王様、もとい理人お兄ちゃんの目が「早よ座れ」と言っている。


 私はゴクリと唾を飲み込むと、覚悟を決め、理人お兄ちゃんの前の席にゆっくりと座った。私の隣には九条さんが座る。


 4人席のテーブルには、私、九条さん、理人お兄ちゃん、洸さんが座った。樹兄ちゃんと蹴兄ちゃんは理人お兄ちゃんと洸さんの後ろに立っている。


 距離が近くなった分、5人の圧がすごい。



 ヤバい、ヤバい! 私、本当に何やらかしたんだ?


 いくら考えても、まったく思い当たる出来事はない。



 普通の女性ならぶっ倒れるくらいの眩しい笑顔が逆に魔王の恐ろしさを表しており、私は縮こまるしかなかった。



「ねぇ、礼桜ちゃん、昨日おもしろい話を聞いたんだけど」


 4人の笑顔の圧を感じながら、あの男のことを聞かれ、その後、説教が始まった。




 ……なんか解せぬ。


 それもこれも、私に絡んでくるあの男のせいなのに!

 何で私がめっちゃ怒られなきゃいけないんだ?

 とばっちりもいいところだ。



「ただ試験会場とかでよく一緒になってただけで、別に何かされたわけじゃありませんし……」


 いつも女の子たちを連れているから、私のことなんて何とも思ってないはずだ。理人お兄ちゃん達が気にしすぎでは?



 そう言うと、久しぶりに会った樹兄ちゃんからは困った子を見るような目で見られるし、いつも笑っている蹴兄ちゃんも眉毛を下げて私を見ているし、これまた久しぶりに会った刑事の洸さんからは、犯罪事例を幾つも出され、危機感を持ってほしいとお願いされた。


 そして、極めつけが、腹黒魔王様。

 怒られるのは納得いかないという気持ちが顔に出ていたからだろうか。

 散々説教された後、両頬をムニッと潰され、キラッキラの笑顔で「のほほ~ん礼桜ちゃん、鈍感も大概にせえよ」と言われた。目が笑ってない。声もいつもより低く、凄みを感じる。

 〝地獄の沙汰〟という言葉が頭に浮かんだ。

 私は小刻みに首を縦に振りながら「むい(はい)」と答えたのに、ムニっとされたまま全然離してくれない。そのまましばらく笑顔の理人お兄ちゃんと見つめ合う羽目になってしまった。両頬潰されているのでブス顔に違いないが、今そんなことはどうでもいい。



 私は、笑顔による無言の圧力が一番恐ろしいということを知った。



 そして、理人お兄ちゃんの長~い長~い溜息でお説教は幕を閉じた。

 理人お兄ちゃんに溜息をつかれると、罪悪感が半端ない。


「……理人お兄ちゃん、ごめんなさい」


「謝って済むなら、裁判所は要らん」


 確かに。


 言い得て妙の返答に感心していると、また盛大に溜息をつかれた。




 お説教があらかた終わると、善さんと晴冬さんが料理をたくさん並べてくれた。

 それからは、いつもの楽しい時間を……、かなりみんなからいじられたが、それでもお説教の重い空気に比べたらみんな笑ってるから、それだけで嬉しくなる。



 そして、あの男にはもう関わらないと心に誓った。




◇◇




「お前らいいかー、明日から夏休みやけど、午前中は夏期講習があるから、いつもの時間に来るんやで~」


「夏休みに学校とかあり得へん」

「マジそれな。あ~あ、俺、この夏休みに彼女つくろうと思ってたのに~。夏期講習で前半潰れるやん」


 後ろの席の男子たちが嘆いている。


「前半潰れても彼女できるヤツはできるから心配すんな。一つ俺からアドバイスしといたるわ。女性を追いかけまわすと通報されるからなー。気いつけろよ」


 通報されるから気をつけろって、女の子にモテない前提のアドバイスですやん。


「うわ、担任が言うことか?」

「みんなも羽目外しすぎたらアカンでー」

「先生、僕は女の子と出逢いたいです!」


 ピシッと手を挙げて宣言をしているのは、いつも彼女が欲しいとボヤいている男子。


「そうかー。10年以内には出逢うやろうから気長に待っとけ」

「ひでぇ……」

「タイムリーにええこと言うたな。お前ら、分かってると思うが、出会い系はアカンで」




◇◇



 帰りの挨拶をして、各々教室を出始めた。

私もリュックを背負い、帰ろうとしたときだった。



「高丘、ちょっと残ってくれへん?」

「……私、提出物きちんと出しましたけど」

「ちゃうちゃう。ちょっと聞きたいことがあんねん」

「…………トイレ行ってきてもいいですか?」

「もちろん。俺はもう職員室に行くから、じゃあ職員室に来て」

「分かりました」


 「何したん?」と興味津々の友達に「何やろ?」と答え、頑張ってねと送り出された私はトイレに向かった。


 そして、速攻で九条さんにメッセージを送った。



『先生に呼び出されたので、少し遅くなります。ごめんなさい』


 

 すぐに九条さんから返信が来た。その返信に励まされ、私は職員室へと重い足を運んだ。


 



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