第12話 ◆【九条湊side】話し合い
カラカラカラ
店の引き戸を引く音が聞こえた。
善さんは俺との話を中断して「いらっしゃい」と声をかけている。
俺はカウンターのほうを向いたまま、今後どう動くべきか思考していた。
「あー、やっぱここにおった!!」
聞き慣れた声が耳に入るが、考えをまとめるのが先なので、そのまま無視することに決めた。
「湊、俺、電話したんやで」
うるさい。
おもむろに入口に顔を向けると、案の定、そこには晴冬が立っている。
俺と目が合うと、カウンターへ来て、一つ席を開けて横並びで座ってきた。
「電話?」
そういえば、礼桜ちゃんとの話を邪魔されたくなくて、携帯の電源を切ったままにしてたな。
「礼桜ちゃん大丈夫やった? 俺、礼桜ちゃんを一人にしてしまったから、かなり気になって……」
いや、逆に礼桜ちゃんが一人になったことで俺が迎えに行けたから、結果的によかったと思っている。
あの男の存在が知れて本当によかった。
「…………それよりも、お前、元カノとうまくいったん?」
「おう! ありがとな。無事復縁できたわ」
「よかったな」
晴冬はとても嬉しそうに笑っている。
辛い思いをしてきた晴冬には、たくさん笑ってほしいと願う自分がいる。
絶対口に出しては言わんけど。
「そうそう、琴音が礼桜ちゃんにお礼を言いたいって言うてるんやけど、今度4人で飯食いに行かへん?」
「俺は別にいいけど」
「礼桜ちゃんの終業式っていつなん?」
「20日。でも7月いっぱいは午前中夏期講習がある」
「……湊クン、まさかと思うけど、礼桜ちゃんの予定、全部把握してる……とかじゃ、ない、よね?」
「してるけど?」
なに当たり前のことを言ってんだ、こいつ。
「うわー、引くわ」
少し体をのけ反りながら、引きつった顔で俺を見てきやがった。
「え? もしかして、礼桜ちゃんも湊の予定全部知ってんの?」
「知ってんで」
「それって、礼桜ちゃんから聞いてくるん?」
「聞くと思うか?」
「……ないな。……え? じゃあ、湊が包み隠さず教えてるん? 今ここにいることも!?」
「ああ」
「……もしかして今までの彼女にも教えとったん?」
「教えるわけないやろ」
「やんな。じゃあ、今までの彼女に予定を聞いたりとか……」
「するわけないやろ。面倒くさい」
「………やんな」
「晴冬、もうやめとけ。こいつは礼桜ちゃんに対してのみ変態ヘタレやから」
「なんやねん、変態ヘタレって。付き合ってるんだから当たり前やろ」
「「………………………………」」
善さんと晴冬の双眸にチベットスナギツネが降臨してやがる。生暖かい目で俺を見るな。
さっきから一体なんやねん。
晴冬がわざとらしくゴホンと咳をした。どうやら話題を変えるようだ。
「それよりも、礼桜ちゃん大丈夫やった?」
「……晴冬はあの男を見てどう思った?」
「ん~……、そうやなぁ、礼桜ちゃんとの温度差がエグイなって思った」
「温度差?」
「うん。向こうが〝礼ちゃん〟って呼ぶたびに礼桜ちゃんは〝高丘さんね〟って訂正入れてるし、俺が礼桜ちゃんに知り合い?って聞いても、知り合いなんですかね?って疑問形で返してくるし。それなのに、向こうは礼桜ちゃんがそっけない態度を取ってても、言われ慣れてるのかニコニコしてずっと礼桜ちゃんを見てんねん。無表情の礼桜ちゃんとニコニコしてる男、その対比がエグかった。礼桜ちゃんがバイトしてるって言った瞬間、ものすごい勢いで食いついてきたから、これはアカンと思って、やんわり断って帰ろうとしたんやけど……、バイトついていっていいですかって言われたときは、かなり焦ったわ」
「……………………」
「……………………」
なんやねん、その話。
言われ慣れてるって……、晴冬がそう感じたくらいだから、礼桜ちゃんが中3の頃からそのやり取りは行われていたのだろう。
礼桜ちゃんのバイト先を把握して、一緒に働いて、あわよくば……と思ったか? 俺にも働かせてくれって言ってたし。
どうしても礼桜ちゃんが欲しいってわけか。
善さんと目が合った。どうやら善さんも同じことを考えているようだ。
「なあ、あの後どうなったん?」
「もうすぐ理人が来るから、来たら話す」
◇◇
理人だけかと思ったら、珍しく蹴君と
樹君は理人の法律事務所で主に経理や文書作成などインドアでできる業務のすべてを担っている。しかし、引き籠りのため、事務所に出勤することは一切ない。在宅勤務を貫く徹底ぶりである。
外に出て情報収集などアクティブに動くのは蹴君、経理や文書作成、必要書類作成などインドアの業務を担うのは樹君、この二人は理人の両翼として理人を支えている。
晴冬の両親の事件が解決した後また引き籠ったから、会うのは1か月ぶりくらいか?
相変わらず黒髪のさらさらマッシュルームカットに黒縁メガネをかけており、かなり理知的に見える。実際、頭もものすごくいい。礼桜ちゃんと本の趣味が一緒で話が合うため、礼桜ちゃんのNO.1お兄ちゃんポジションを狙っていたりする。
俺は善さんに話した内容と晴冬から聞いた話を、もう一度話し始めた。
話の内容がぶっ飛び過ぎてて、いつもは冷静沈着で表情を変えない3人も目を丸くし、驚き呆れている。その後、だんだん目が据わっていくのが見て取れた。あの男への憤りだろう。そして、ほんの少しだけ、のほほ〜んとしてる礼桜ちゃんに対する憤りもあるようだ。
話し終えると、理人が目頭を押さえて、はぁ~~~と盛大な溜息をついた。
俺も溜息しか出えへん。
「…………湊、明日、臨時休業にできる?」
「それは大丈夫やけど……」
明日18日は「海の日」なので本来なら店を開けるのだが、どうとでもなる。
俺の答えを聞くなり、理人はポケットから携帯を取り出すと、どこかへ電話をかけ始めた。
「もしもし、俺。——————こんばんは。礼桜ちゃん、明日お休みだよね? ———久しぶりに善君のところでみんなでお昼ご飯食べよ。—————————店? 大丈夫だよ。湊に確認したら臨時休業するって。—————————うん、俺も楽しみにしてる。じゃあ、また明日ね。———おやすみ」
……礼桜ちゃん、明日楽しみにしてる場合ちゃうで。
理人は爽やかに笑っているが、かなりキレている。
間違いなくお説教コースやな。
俺も礼桜ちゃんにはもう少し危機感を持ってほしいから、理人が説教してくれるならありがたい。
それから俺たちは、あの男がどう動いてくるか、何を仕掛けてくるか、どう対処するか、日付が変わる頃まで話し合った。
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