第10話 ◆静かな対峙
ゲームコーナーの中は音が煩いため、通路に出ることにした。
なぜかこの男も後ろからついてきている。
「
ああ、そうそう、そんな名前だった。
「
呼んだことは一度もないけど。
女の子たちは臣の腕を引っ張って自分たちの主張を通そうとしている。
どうぞ早く行ってください。むしろ早く行け。
それなのに、この男はのんびりと私の後ろをついてくる。
初対面のときから馴れ馴れしいこの男は、どこか掴みどころがない。
私のことが好きなのかなと図々しく思った時期もあったが、毎回違う女の子達をつれているので、どうやらそうではなさそうだ。
周りにたくさん女の子がいるのなら、私なんか放っておけばいいものを。どうしてこの男は毎回毎回私に絡んでくるのだろう。
「ごめんね~。俺、礼ちゃんと話したいから、今日は解散ってことで。この埋め合わせはまた今度するから」
「「「えぇぇぇ~」」」
は? 何言ってんだ、こいつ。
「いや、私は話すことなんて何もないから、行ってください」
「臣ぃ、この子もそう言ってるから、行こうよぉ!」
「え~、せっかく会えたのに、礼ちゃん酷くない?」
いや、酷いのはお前だ。
「早く行きなよ」
「え~、嫌だ! 久しぶりに会えたから、俺、礼ちゃんと一緒にいたい。ね、これからお茶しに行こ?」
取り巻きの女の子たちの視線が、さらに鋭く冷たくなって突き刺さる。
もうホント嫌だ。
どこかにタスキはないだろうか?
タレントが「一日署長」と書かれたタスキを肩からかけているのを、たまにニュースとかで見かける。私は「赤の他人です」と書かれたタスキを肩からかけて、他人であることを視覚的に訴えたい。
私たちは顔見知りではあるが、友達ではない。むしろ赤の他人だ。
なんで私が睨まれなきゃいけないんだ?
とばっちりもいいところだ。
キューズモールの専門店エリアは2階から3階にかけて吹き抜けになっている。通路に出ると、転落防止のために設置されている壁のところへ行き、荷物を下ろしてバッグから携帯を取り出した。
電話しようと思ったまさにそのとき、タイミングよく九条さんから電話がかかってきた。
理人お兄ちゃんの教えが頭をよぎる。
——個人情報を漏らさないように気を付けること!
後ろにいるから言葉には気をつけなきゃ。
「もしもし」
『もしもし、礼桜ちゃん、大丈夫?』
「はい、大丈夫です」
『今どこにいるの?』
「えっと、キューズモールのゲームコーナーの前の通路です」
『分かった。今そっちに向かってる。あと5分くらいで着くから、そこで待ってて』
いつもは聞こえない息遣いが聞こえる。耳を澄ませて電話から聞こえてくる音を拾うと、雑踏や車の音とともに、風を切る音が聞こえてきた。
「もしかして走ってます?」
『うん。晴冬から電話があって、居ても立っても居られなくて、とりあえず店を出てきた』
「……ごめんなさい。ありがとう」
『礼桜ちゃんが嫌じゃなかったら、このまま電話を繋いでてほしいんやけど……』
「全然嫌じゃないです。それよりも大丈夫ですか?」
『俺? 大丈夫やで。何で?』
「いや、暑い中、ひと駅走ってるから……」
暑くてしんどいんじゃないかと心配になる。
「今どこら辺ですか?」
『今? JR天王寺駅に着いたところ。今から歩道橋を渡ってそっちに行くね』
**
そして、何と言っても、阿倍野歩道橋は、上から見ると阿倍野(abeno)の頭文字「a」を形づくる面白いデザインとなっているのだ。
私も近くの商業施設の上の階から見下ろして見たことがあるが、本当に白い屋根がアルファベット「a」の形になっていて、テンションが上がった記憶がある。時々、ストリートライブをしている人やストリートマジシャンの人達がいて、歩く楽しさを感じられる歩行者空間となっている。
**
九条さんは走ってきてるから、きっと喉が渇いているだろう。
自販機で何か飲み物を買ったほうがいいかな?
でも、ここにいてって言われたし……。とりあえず聞いてみよう。
「何か飲み物を買ってきましょうか?」
『いや、そこにいて。あと数分で着くから。一緒にお茶しよう』
「はい」
後ろから視線を感じるが、話しかけてくる気配はない。
とりあえず背を向けておこう。そのうち女の子たちとどこかに行くだろう。
◇◇
「礼桜ちゃん、お待たせ」
外は暑いから汗だくで走ってくると思ったのに、九条さんからはあまりそういった疲労が見えなかった。
少し汗ばんでいるが、約1.5キロ走ったとは到底思えないほど涼しい顔をしている。
あれ? もっと息を切らせて来るかと思ったのに……。
私だったら確実に汗だく&髪もボサボサで、ゼェゼェハァハァと肩で息をしながら、近寄りがたいほど酷い有り様になるというのに。
やっぱりすごいな、九条さんは。
後ろにいる女の子たちも九条さんの登場に色めき立っている。
「礼桜ちゃん、行こうか」
「はい」
九条さんは彼女たちには目もくれず、床に置いている荷物を持ち、私に手を伸ばしてきた。その手を取ろうとしたとき、「礼ちゃん」と後ろから声をかけられた。
無視するのもよくないと思い振り向いても、視線が交わらない。
どこを見ているのだろうと思ってこの男の視線を辿ると、九条さんをジッと見ていた。
「ねえ、もしかして礼ちゃんと同じバイトの人?」
「……違うけど」
うん、違いますね。バイトじゃなく店長さんですから。
「でも一緒に働いてんだよね?」
「…………」
「俺もバイトしたいんだけど」
「人数足りてるから無理かな」
「何でお兄さんが決めんの?」
「ん?」
出た、営業スマイル。
「……未成年に手え出してるとか知られたら、いろいろまずいんじゃない?」
「別に」
「あの、……まだ若いよ」
理人お兄ちゃんから個人情報は極力表に出すなと口酸っぱく言われている。なので、私は九条さんの名前を言わないように細心の注意を払いながら訂正した。
「でも、どう見ても20歳は超えてるでしょ。立派な大人だよね? 条例違反じゃね?」
「………………。礼桜ちゃん、行こう」
九条さんは答える気もないらしい。
「社会的制裁を受けてもいいのかよ? 俺、喋っちゃうかも~」
「勝手にすれば? 別に俺は困らないから」
「なにその余裕」
「すっげえムカつくんですけど」と小声で言ったつもりだろうが、ばっちり聞こえている。
「お兄さんぐらいのイケメンだったら、別に礼ちゃんじゃなくても、女の人がたくさん寄ってくるよね? ……礼ちゃん、俺、礼ちゃんが傷つかないか心配なんだけど……」
「そんなことする人じゃないから大丈夫」
「要らぬ心配させてごめんね。でも、あり得ないから。君のほうこそ女の子たちが待ってるから早く行ったほうがいいんじゃない?」
九条さんはこの男のところに行くと、何か話しかけた。
小さな声で全然聞き取れなかったが、二人の睨み合う視線がバチバチに交わったのだけは分かった。
「もうこれ以上、礼桜ちゃんに付きまとわないでね」
腹黒がチラチラと垣間見れる爽やかな笑顔で伝えると、九条さんは私の手を取り歩き出した。
◆◆
「臣ぃ、私たちも行こう」
臣の腕を引っ張って相手してほしいと主張する女の子達に構うことなく、男は二人が見えなくなるまでジッとその後ろ姿を捉えていた。
何を考えているのか分からない昏い目を伴いながら。
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