第42話 ◆お嬢サマの悪意

 壇上のステージにお嬢サマが立った。


 これから挨拶があるようだ。

 招待客がいる会場のライトが落とされ、ステージに照明が当たる。

 お嬢サマの白のワンピースが、ライトの光によってより白く、綺麗に映えている。見ようと思えば、なんちゃってウェディングドレスに見えなくもない。



 司会からマイクを渡されたお嬢サマが一礼したところで拍手が起こる。



「皆様、本日はわたくしの誕生パーティーにお越しくださいましてありがとうございます。心から感謝申し上げます」


 招待客はステージにいるお嬢サマの話に耳を傾けている。私と理人お兄ちゃんも出入口の扉に近い後方で同様に耳を傾けていた。



「————————————————最後に、わたくしの誕生日のお祝いにどうしてもピアノを演奏したいと申し出てくださった方がいます。レオさん!」


 その瞬間、私と理人お兄ちゃんにスポットライトが当たった。

 いきなり光を当てられた私たちは、眩しすぎて光から目を背けた。


 ライトの光に導かれ招待客が一斉に振り向き、スタッフを含めた会場の全視線が私たちに向いたのが分かった。



 スポットライトを当てられ人々の視線を感じたことで、一瞬止まった思考がだんだんと動き始める。



 あんのお嬢サマ、みんなの前で何を言った?



「レオさん、壇上にどうぞ。ピアノを演奏してくださるなんて、とても楽しみです」


 間違いじゃなかった!

 このお嬢サマはみんなの前で私に恥をかかせるつもりだ!



「しょうもないことを」


 隣にいる理人お兄ちゃんが殺伐とした空気を放っている。理人お兄ちゃんの凄みに耐えられないのか、一斉に目を逸らし始めた周辺の招待客。



 ……このお嬢サマは理人お兄ちゃんのことが好きなんだよね?

 こんなことしたら逆に嫌われるって考えないのかな?

 お嬢サマを見る限り、そんなことさえ思い至ってないようだ。ただただ私に恥をかかせ、貶め、嘲笑したいのだろう。もしかしたら、私が公衆の面前で恥をかくことで、理人お兄ちゃんが私に愛想を尽かすと思っているのかもしれない。

 だとしたら、理人お兄ちゃんを馬鹿にしすぎだ。理人お兄ちゃんはそんな器の小さいクソヤローじゃない。

 どちらにしろ、このお嬢サマがものすごく我が儘なのは理解した。自分の欲しいものはどんなに汚い手を使ってでも絶対に手に入れてきたのだろう。そして、自分のものにならないときは全て壊してきたのかもしれない。


 お嬢サマは壇上から勝ち誇ったように私を見て嗤っている。


 面倒くさいから相手にしたくもないけど、な〜んかムカムカするな。

 



「理人お兄ちゃん、どうします?」


 私たちはほとんど口を動かさず、小声で話し合うことにした。



「後ろに扉があるから、このまま帰ってもいいよ」

「でも、そんなことしたら理人お兄ちゃんが……」

「俺? 俺は別に問題ないよ」

「でも、逃げ帰るみたいで、私が嫌です」

「じゃあ、礼桜ちゃんはどうしたい?」

「……私の祖父がよく言っていました。売られたケンカは買えと」

「おっ!奇遇だね。それ俺らのモットー」

「あー、ですよね。そんな気ぃしかしません」

「何気に失礼ちゃう?」

「ふふふ、事実かと。なので、このケンカ、買おうと思います」

「いいんじゃない」

「楽しそうに笑ってますが、どうなっても知りませんよ?」

「手加減を一切加えず、思いっきりやっておいで。いっそのこと不協和音だけを鳴らすのも楽しいかも」

「理人お兄ちゃんの耳もおかしくなりますよ?」

「俺? 耳栓持ってるから大丈夫!」

「相変わらず用意万端ですね。とりあえずやってみるので一緒に恥をかいてくださいね」

「もちろん」


 2人でクスクス笑う。



「早く上がってきてくださらない?」


 気づけば、頭を寄せ合うくらいの近さで内緒話をしていたようだ。

 イライラしたお嬢サマが叫ぶように声をかけてきた。



「皆様、拍手でお迎えください」



 会場からまばらに拍手が上がる。


 理人お兄ちゃんに挨拶に来た人たちは、嵌められた私のことを心配そうに見ていた。




 理人お兄ちゃんのエスコートで壇上まで一歩一歩進む。



 そのとき、ふと強い視線を感じた。



 御曹司然の男が心配そうな顔で私を見ている。


 私だけを真っ直ぐ見つめてくる男と視線が交わった。



 やっぱりあの男だった。



 今度は目を逸らすことなく、私を気遣う眼差しを寄越してくる。


 なぜかこれがこの男の素なのだと感じた。

 試験会場で初めて出会ったときと今の男が重なる。あのときは素だったんだな……。

 チャラチャラヘラヘラしたいつもより今のほうが断然いい。最初から貫けばいいのに。勿体無いなと思ったけど、今はどうでもいい。


 きっとこの男なら気づくだろう。


 心配してくれてありがとう。

 男に向かってほんの少しだけ口角を上げると視線を壇上へと戻し、また一歩踏み出した。










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