第31話 ◆【九条湊side】調査報告①
2階の扉が閉まる音が聞こえた。
このマンションの部屋は全て防音になっているので、俺たちの会話を礼桜ちゃん達に聞かれることはないし、礼桜ちゃん達の会話も俺たちには聞こえない。
礼桜ちゃん達に料理を持って行った善さんが下りてくるのを待って、俺らはリビングへと集まった。
礼桜ちゃんの前では終始にこやかにしていた理人だったが、顔つきが一気に厳しいものへと変わった。理人の表情から良くないことが起きていると判断し、皆一様に真剣な表情になっていく。
「思ってたよりも厄介なパーティーになりそう」
理人はそう言うと、溜息を一つ吐いた。
美原さんからもたらされた信憑性の高い情報は、思いの外ぶっ飛んでいたらしい。
美原さんの職業は金貸しだが、晴冬の両親の事件を解決した際、理人専属の情報屋になった。今では金貸し兼情報屋だ。
また、2年前の夏、礼桜ちゃんに命を助けられ、今年再会したことでタガが外れ、今では礼桜ちゃんファン第2号を公言するまでになっている。ちなみに第1号は善さん。そんなオッサン二人は、俺がいようがいまいがお構いなしに礼桜ちゃん談義に花を咲かせている。その上、美原さんに感化された部下の人たちも〝礼桜ちゃん推し〟になり、非公式のファンクラブができつつあるのがこの上なく鬱陶しい。
そんな美原さんに調査の依頼をすると通常は5日ほど時間を要するそうだが、今回は礼桜ちゃんが絡んでいることもあり、早いときには翌日、どんなに遅くても3日以内には調べ上げて連絡してくるらしい。
なんやねんそれ。どんだけ本気出してんねん!
「今回はものすごく迅速で協力的だからありがたいんだけどね。美原さんの話では、今日のパーティーに
みんな驚きで目を見張り、その後、次第に顔が強張っていく。
は? 礼桜ちゃんに付き纏ってるストーカーも出席するだと?
「ああぁぁぁぁ、俺としたことが失念してた! 帝塚ってどこかで聞いたことがある名字だと思ってたんだよ!」
珍しく蹴君が「やらかした」と頭を抱えている。
「ああ。俺も見落としてた。帝塚伊臣とお嬢サマは従姉弟同士だ。二人の父親が異母兄弟だからね」
「は? 異母兄弟? でも名字が違ってんで。お嬢サマのところってたしか……」
「
「やんな」
「兄は離婚した母親と一緒に帝塚家を出て、母親の実家の烏丸産業を継ぎ、後妻との間に生まれた弟が現在TEZUKAを率いてる」
「ということは、帝塚伊臣は……」
「TEZUKAの後継者ってことになるね」
そういえば、礼桜ちゃんが「どっかの社長の息子」って言ってたけど、まさかあのTEZUKAだったとは。あのストーカー野郎がTEZUKAの後継者とか終わっとるやろ。しかも、帝塚伊臣は俺の恋人のストーカーで、従姉弟のお嬢サマは理人との婚約を企んでる頭がおかしい女。……一族全員、頭沸いとるんと違うか。大丈夫なのか?関西経済。
「だから、帝塚伊臣対策も追加で必要になった。
晴冬、お前、帝塚に顔見られてるやろ? 蹴、悪いけどカツラ用意して、晴冬の外見少しいじってくれへん?」
「オッケー」
「あともう一つ報告がある。」
「まだあるのかよ」
「とっておきのやつが」
そういって可笑しそうに笑う理人。
この笑い方をしてるってことは、相当ヤバいんちゃうか?
「
「何の?」
「倉庫で大量に見つかったアレ」
「あの大量の薬物か!? どういうことだ?」
2か月ほど前、少女売春組織の経理を担当していた男と組織の黒幕だった政治家の愛人(パパ活相手)の女に連れてこられた倉庫で発見された禁止薬物。
あのとき、男の部下が持っていたナイフを礼桜ちゃんが奪い遠くへ投げた際、たまたま当たった木箱に入っていたのが大量の禁止薬物だった。覚醒剤、コカイン、大麻、MDMA等、禁止されている薬物が出てくるわ、出てくるわ。
だけど、そのことを礼桜ちゃんは知らない。これ以上、礼桜ちゃんに負担がかからないよう理人があえて教えなかったから。あのとき俺らが連れてこられた倉庫は、黒幕だった政治家の後援会会長の所有物だった。だが、いくら調べても売春組織とこの禁止薬物が結びつくことはなかった。
倉庫関係者も知らないうちに置かれたソレ。
この薬物に関してのみ捜査は行き詰まっていた。
「あの倉庫の所有者である後援会会長には素行が悪い息子がいて、例に漏れず悪い奴らとつるんで遊んでたやろ?」
「ああ。俺らが真っ先に徹底的に調べた奴らやからな」
「美原さんが掴んだ情報では、どうやらその遊び仲間の一人が薬物の隠し場所としてあの倉庫を教えたんじゃないかって。ここから先は美原さんと俺の想像だけど、組織は禁止薬物が見つかっても自分たちに辿り着けないように、無関係の場所で一時保管してたんじゃないかな。あれだけの量だ。隠すだけでも一苦労だからね。たしか末端価格でも数十億といわなかったよね?」
「ああ。32億」
「あの倉庫は、麻薬組織にとっておあつらえ向きと言わんばかりの隠し場所だったはず。既に使用されていないのはもちろん、放置され所有者も来なければ管理者もいない。老朽化はかなり進んでいるが、まだ十分使用できる。夜になると人通りが一切なくなるため見つかる心配もない。そして最大のメリットは、裏手に川が通っている」
「確かに倉庫裏手には船着き場があるから、水路からも運び入れられるメリットはでかいだろうな」
「そうだね」
「そやけど、俺らが調べたときには何も出てけえへんかったで」
「うん、知ってる。洸が悔しそうにしてたの覚えてる」
「忘れろ」
「もしこの仮説が合ってるなら、警察はまんまと出し抜かれちゃったね」
「笑いごとちゃうぞ。……でも、いくら放置されている倉庫とはいえ、許可なくあれだけの量の木箱を置くとか、倉庫関係者に発見されるリスクが一気に上がるだろ」
「詳細はまだ分からないけど、きっと組織は保管に適している場所か徹底的に調べ上げたはずだ。もちろん人の出入りなども含めてね」
「
理人が無言で洸君を見据え頷いた。
「32億だぞ。それでもまだリスクが高すぎる!」
「だから、あえて古びている木箱に保管したんだ」
「倉庫の中に放置されている物と思わせるため……」
「ああ」
「あまりにも老朽化した木箱に入れてたから、目くらましだとは思っていたんだが、確かにそれなら辻褄が合う。だけど……」
「まだ仮説の段階だけどね」
「……もし仮説が合ってると仮定するなら、量が量だから俺だったら見張りを付けるな」
「同意見だね」
「ということは、あのとき半グレ達があの倉庫を使用したことも、湊たちが連れてこられたのも、どこかから見ていたってことになるよな?」
「半グレが入っていったのは確認しただろうね。湊たちが入っていったのは、どうだろう?」
そういって理人は蹴君を見た。
蹴君はあのとき俺たちの遥か後方からついてきていた。きっと蹴君が周囲を確認したはずだ。
蹴君は晴冬を変装させる手を一旦止め、こちらを見て口を開いた。
「湊たちが入っていったとき、倉庫が見える箇所はすべて、建物の窓や屋上なんかも確認したけど、特にそういった奴らはいなかったはず。もしいたら視線を感じて気づくはずやし。倉庫の中に隠れてたとしても、警察が来たときに発見されるはずやろ。……ということは、可能性が高いのは、倉庫の駐車場の茂みの中か、川の反対岸か……」
あくまで仮定にすぎないが、可能性はある。
「あの日は日曜日だったから、倉庫の周りにある町工場が休みだったことは確認している。湊が作ったラジコンを飛ばして不審者が潜んでないか、倉庫の敷地内も確認したけど、それらしい奴らはいなかった。だよね?善君」
樹君が記憶を辿るように報告した。
「ああ、俺も樹と倉庫周辺を調べたけど、特に怪しい奴は見つけられなかった」
そういえば、樹君たちに、カラスそっくりの姿かたちをした偵察用ラジコンを貸したな。
カラスの目にはカメラとともに赤外線センサーを取り付けている。赤外線センサーは対象物の温度に反応するため、もちろん人の体温にも反応する。
このカラス型ラジコンの一番のこだわりポイントは、羽を動かすこともできるし、電柱などに止まることもできる。羽が動いてないと偽物って気づかれるし、電柱などに止まった際のカラスのフォルムが変でも偽物と気づかれる。
試行錯誤の末完成したカラスのラジコンは、俺の中でもトップ5に入るくらいの出来なので、何気にお気に入りだったりする。
「奴らは、いきなり来た半グレ達が倉庫を占領し居座ったから焦っただろうね。もし見張りが一人ないし二人だったなら、太刀打ちできない。その上、倉庫の中で何が行われているのかも分からない。焦った見張りは組織に連絡し、応援が来るまでどこかで監視していたはずだ。
じゃあ奴らはどこで見張っていたのか。
蹴たちの目を掻いくぐり倉庫周辺で見張っていたと仮定する。その場合、半グレ達が占拠した少し後、黒のワゴンに挟まれた白のランクルが倉庫に入っていったのを目撃したはずだ。その車から男2人と女1人が下りてきた。門から倉庫までは距離がある。3人とも若いことぐらいしか分からない。敷地の構造上、この時点で確認できたのは、湊たちの後ろ姿、しかも肩から上あたりだろうね。中を確認しようとやきもきしているうちに、私服警官と思われる人間が辺りをうろつき始めた。川のほうも警察が集まり始めている。密かに、だが迅速に、倉庫周辺に規制線が張られようとしている。もし俺が見張りだったら、警察に見つからないように川の反対岸に移動して動向を探るだろうね。川の反対岸からは倉庫の中の様子も敷地内の様子も把握できないというデメリットがあるけど、これは倉庫が見える表にいても同じことだしね。
倉庫周辺にある町工場などの建物の中から見張っていたと仮定しても、応援が来たところで合流できなかったはずだ。一時的とは言え、警察が取り囲んで規制線を張っていたからね。
いずれにしろ、見張るだけで何もできない。やきもきしただろうね。倉庫の中には大量の薬物が保管されているんだから。そして、危惧していたことが現実となり、警察によって押収された。32億が一瞬で消えた」
「倉庫の立地からして、当たらずも遠からずってところだろうな」
「あのとき礼桜ちゃんは模試の帰りで私服だった。もしどこかから見ていたとしても、若い女の子ぐらいしか確認できなかったはずだ」
「女の子だったから、高校生の可能性もあると判断したのか! だから組織の連中は高校教諭の研修会で噂を流した……」
「何か情報が掴めればラッキー♪ぐらいだろうが、そうまでして探すくらい奴らも必死だということは推察できる」
「奴らからしたら32億のお宝を一瞬で失ったんだ。あのとき倉庫で何が起こったか、裏ルートの情報で、あの半グレどもが売春組織の奴らだと分かった。じゃあ、あの3人組は? 連れてこられた3人を調べようにも、何も情報が出てこない。警察によって隠されている3人が無関係とは思えない。警察関係者、もしくは何か知っていて警察が守っているのかもしれない、そう判断した……」
「仮説の段階だけどね。3人組が関与していることは明白だから、奴らはローラー作戦であらゆる方面から探し出しているんだろうね」
「高校教諭の協力者を使ってまで?」
「協力者というより、常習者かもしれないけどね」
「確かにな。……で? 今日のパーティーとどう繋がってるんだ?」
「ああ、それがさー、バカ息子の遊び仲間のリーダー格の男が、お嬢サマと繋がってた。そして、その男こそ倉庫の場所を提供したやつだと俺と美原さんは睨んでる」
「「「「「「はぁ?」」」」」」
俺たちの顔が一斉に強張った。
なんやねんそれ!!
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