第19話 ◆【九条湊side】協議②

 コンコンとノック音が響いた直後、ガラッとドアが開いた。

 扉のほうを見ると、「失礼しまーす。連れてきました」といって相談室に入ってきた礼桜ちゃんに続き、弁護士モードの理人もにこやかに「失礼します」と一礼をして入ってきた。


 見目麗しい理人の登場に、先生たちは口を開けてガン見している。



 見た目は爽やかで格好よく大人の色気を放っている理人に、みんな騙される。腹の中は真っ黒のドS大魔王やで、マジで。礼桜ちゃんはそんな理人のを知っているので、理人を見ても頬を染めることなく、至って普通に接している。むしろ理人が顔を近づけると、眉間にしわを寄せて嫌な顔をしている。それが理人から気に入られている要因の一つであると彼女は気づいていない。



 理人が先生たちと挨拶を交わしている間、礼桜ちゃんは理人が座れるように自分の荷物を足元に移していた。

 俺の彼女、最高に可愛いな。





「礼桜ちゃん、このフロアに勉強する場所ある?」

「職員室の前に自習室がありますけど……」

「ちょっと大人の話をするから、そこで勉強して待ってて。もし何かあったら必ずここに来るんやで。分かった? 一人で行動したらアカンで」

「はい!」

「……返事だけは一人前だよね」


 理人は礼桜ちゃんの元気な返事を聞いて脱力し溜息をつきそうになっているが、当の本人は理人に丸投げする気満々で、ルンルンしながらリュックを背負っている。可愛い。



「高丘~、勉強するもん持ってるか? 追加で課題渡そか?」


 礼桜ちゃんがドアのほうに向かって足取り軽く歩き始めると、揶揄うように山之内先生が声をかけた。

 礼桜ちゃんは立ち止まり、顔だけ振り返ると、「結構です」と無表情で答え、すばやく退室していった。


「ははははは、やっぱ高丘は面白いな」


 可笑しそうに山之内先生が笑っている。だけど、退室する礼桜ちゃんを見る眼差しはとても優しいものだった。


 いい先生だな……。


 山之内先生が礼桜ちゃんの担任で本当によかったと、俺はそう思わずにはいられなかった。




◇◇




「このたびは、うちの高丘礼桜がご心配とご迷惑をおかけして大変申し訳ございません」


 柔らかい口調で真摯に謝罪する理人の一言で話し合いは始まった。


 再度、先生たちを交え情報共有を図っていく。


 一通りこれまでの話を報告し終えたときだった。


「湊」


 理人が顎で窓のほうを指している。


「礼桜ちゃんと合流したとき強い視線を感じた。確認してくれへん?」


 この中で男の顔を知っているのは俺だけだ。

 俺は首肯し、おもむろに席を立つと、窓のほうへと移動した。窓からはマンションなどのビルや高速道路の高架が見える。

 外から俺の存在が認識されないように窓の端に立ち、そっと校門付近を見下ろした。校門付近には、部活に向かう生徒や下校している生徒など、数人しかいない。


 校門から50メートルほど範囲を広げ、確認していく。マンションなどの建物の死角で見えないところもあるが、通行中の人や自転車に乗って通り過ぎる人を省き、立ち止まっている人物のみ注意深くチェックしていく。


 その中で一つ気になる集まりを見つけた。


 女子高生3人が一人の男を囲んで話している。

 女の子たちは男を見る眼差しに好意を乗せて楽しそうに話しかけているが、男はというと、チラチラと校門を見ながら彼女たちの相手をしていた。俺の位置からは、愛想笑いを浮かべる男の口元しか見えない。顔は確認できないが、背格好は似ているような気がする。あの男だろうか。確証が欲しい。


 と、その時、男が校舎を見上げた。窓の中を覗き込むような鋭い視線でこちらを見ている。

 俺は向こうに気づかれないように注意を払いながら、男の顔を確認した。


 ビンゴ!


 理人と視線が交差したので一度だけ頷き、そのまま男の動向を注視することにした。



「どうやら件の男が学校の近くにいるようですね」


 一気に先生たちの顔が強張った。山之内先生はガタンと音を立てて立ち上がると、急いで俺の側まで来た。


「絶対に気取られないようにそっと覗いてください」


 場所を譲り、分かりやすいように男の特徴などを伝えていく。


 山之内先生に続き、鯛浦先生と理人も窓の端に移動し、確認している。


「どうしてうちの生徒が一緒にいるんだ?」

「……ウラさん、あの生徒たち誰か分かる?」

「いや。2年特進科の生徒じゃないのは分かるけど……」

「やんなぁ」


 先生たちは二人とも困惑していた。まさか自分たちの学校の生徒が関わっているなんて想像もしてなかったのだろう。俺も少し驚いたが、男は一般的に見て格好いいので、もしかしたら声をかけただけかもしれない。詳細なんて分からない。



 理人も顔を把握したようだ。




「顔も確認できましたし、具体的な話に移りましょうか」


 理人は先生二人を連れて長机に向かった。

 俺は気付かれないように数枚写真を撮り、ヤツの動向を把握するためそのまま窓の側に残ることにした。




◇◇




「では、そのように。何かありましたら、お手数をおかけいたしますが、逐一お知らせいただけると助かります。よろしくお願いいたします」


 理人が頭を下げた。


 もし学校周辺で見かけたらすぐに教えてほしいとお願いした。あと、不審な電話がかかってきたとき等も。

 鯛浦先生たちは快く了承してくれた。



 話し合いが終わり、ひと段落したときだった。




「そういえば、高丘はひったくりを止めたんですよね? お手柄だから警察から連絡があるはずなんですが、そういったものはなかったので……。九条さん、何かご存じですか」



 山之内先生のこの一言が話の流れを変えていく。



「ひったくりをした男は、ある事件の遺族で重要人物だったんです。魔が差してひったくりをしてしまいましたが、被害者の方に誠心誠意謝罪し、その方が被害届を提出しなかったため公になることはなかったようです」


 理人が何食わぬ顔で答えている。嘘ではない。嘘は何一つない。ただ、諸々の詳細を省いているだけだ。



「そうだったんですね。……事件の遺族…………と女子高生……」


 何か引っかかることでもあるのだろうか。山之内先生は俺たちが見守る中、何かを考え始めた。


「何か気になることでも?」


 理人が尋ねると、


「ああ、すみません。先日、教職員対象の研修会があったんですが、その時に聞いた話を思い出して……。ウラさんは聞かへんかった? 今もたまにニュースであってるけど、1か月前にパパ活の売春組織が摘発されて政治家が捕まったニュース、あの事件を解決に導いたのは一人の女子高生だったって話」


「すみません、その話、詳しく教えてもらえませんか」


 理人が珍しく前のめりになって質問している。俺の顔もだが、理人の顔も強張っていた。

 理人の凄みに気圧されしながらも、山之内先生は研修会での話を詳しく話してくれた。



「1か月前にニュースで連日騒がれていた売春組織摘発の事件はご存じですよね?」

「ええ」

「先々週やったかな、教職員の研修会があったんですが、そのとき売春をさせられていた子たちが高校生ということで当然その話題が出たんですけど……」

「はい」

「そこから、あの事件を解決に導いたのは一人の女子高生らしいという話が出たんです。最初はみんな驚いていましたが、信憑性のない話だったため誰も真に受けておらず、うちの学校には事件を解決しそうな女子生徒はおらんな~と、それぞれの学校の先生方が面白半分で答えていました。結局、都市伝説だろうという結論に至ったんですが、高丘の話を聞いていると、もしかしたらその女子生徒は高丘みたいな子だったのかなとフッと思いまして……」



 は? なんやねん、その噂。

 礼桜ちゃんのことは警察内部でも機密扱いだ。あきら君や洸君が信頼を寄せる同期仲間、それとトップしか知らない機密中の機密だ。礼桜ちゃんの顔を知るのは、洸君を除くと同期の3人だけ。トップも知らない。そして、彼らはリークなんか絶対にしない。


 警察内部から漏れたとは考えにくい。ということは……。



 俺は顔から血の気が引くのが分かった。理人を見ると、いつもどおりにこやかな表情をしているので二人は気づいていないと思うが、かなり動揺している。



「鯛浦先生もその噂はお聞きになりましたか」


「ええ、私も聞きました。山之内先生とは別の研修会でしたが、その噂は先生方との談笑のときに上がってましたから」


「そうですか……」


「九条さん、もしかして、高丘じゃ、ない、です、よ、ね……」


 勘のいい山之内先生が恐る恐る理人に尋ねているが、理人は難しい顔で考え込んでいた。先生は不安そうに窓の側に立つ俺を見るが、俺は何も言うことができず、ただ困った感じで笑みを浮かべることしかできなかった。



 俺も含め、相談室にいる3人全員が理人を見ている。



 理人は俺を呼び、俺が席に戻ると先生たちを真っすぐ見据えた。



「鯛浦先生、山之内先生、これから話すことは他言無用でお願いいたします。ほかの先生方にはもちろん、ご家族やご友人にも他言しないとお約束できますか」


「今日学年主任が休んでいるんですが、彼もダメですか」


「はい。先生お二人の胸の内に仕舞っていただきたい。彼女の命が危険に晒されますので」


 二人ともゴクリと唾を飲み込んだのが見て取れた。


 命の危険——もし俺の仮定が当たっていれば、それは決して大袈裟な話ではない。

 あの事件では、まだ捕まっていない奴らがいる。解決していない問題がある。

 礼桜ちゃんがナイフを投げたことで偶然発覚した麻薬の存在。




 先生たちはどうするのだろうと思って見ていると、お互い視線を交わした後、理人と向かい合った。


「高丘さんは大事な生徒です。私たちは知る必要があります。九条さん、お話しいただけますか」


「分かりました」



 それから理人は、晴冬と礼桜ちゃんの出逢い、それによって事件が大きく進展したこと、組織の経理担当の男や政治家のパパ活相手の女性が礼桜ちゃんの言葉によって自首するに至った経緯、その場所で偶然とはいえ麻薬が見つかったことなど、ニュースで出ていることをメインに礼桜ちゃんが絡んでいるところだけを伝えていく。


 ニュースで見ていた事件の裏に礼桜ちゃんがいた、その事実に先生たちの顔が強張り顔面蒼白になっていく。

 とうとう担任の山之内先生が頭を抱え、「あぁぁぁ~……」と唸り始めた。



「九条さん、これから高丘さんはどうなるんですか」


「どうもしません。全力で彼女を守るだけです。山之内先生のおかげで私たちは彼女を探している人間がいることを知ることができました。知っているのと知らないのとでは対応策が全く違ってきます。お二人のおかげです。ありがとうございます」


 理人が頭を下げるタイミングで俺も頭を下げて謝意を表した。



「私たちにも何かできることはありませんか?」


 先生二人の双眸には、礼桜ちゃんを守りたいという強い決意が宿っている。

 協力を仰ぎたいが、危険が伴うのも事実だ。

 理人はどう判断するのだろうと思い、横をチラッと見た。理人は机の上に肘を置き、口の前で手を組んで先生たちと視線を合わせたまま微動だにしない。


 しばらくお互い真剣な表情のまま向かい合っていたが、先に軟化したのは理人のほうだった。

 組んでいた手を下ろし、一つ息を吐くと、困ったように微笑んだ。



「安全の保障ができないため、先生方を巻き込みたくはないのですが……、それでも協力していただけますか?」


 鯛浦先生と山之内先生はお互いチラッと視線を交わした後、「もちろんです」と力強く頷いた。


「ありがとうございます。それでは、先生お二人には、研修会等で誰が言い出したのか、それを突き止めていただけないでしょうか。派手に動くと向こうに察知され先生たちに危険が及びます。あくまでもさりげなく、雑談の一つという感じで聞いていただけると助かります。人物が特定できれば、あとは私たちが調べますので」


「分かりました。できる限り探ってみます。

九条さん、弁護士さんには守秘義務があることは承知の上でお願いしたいのですが、よければ私たちにも調べた情報などを教えていただけないでしょうか」


「…………」


「私たちは3年間一つの学年の生徒を入学から卒業まで受け持ちます。私も山之内先生も高丘さんを1年以上見てきました。やはり自分が受け持つ生徒はかわいい。私や山之内先生にとって高丘さんは大事な生徒です。彼女が卒業するまで支え見守りながら指導するのが私たちの仕事です。九条さん、どうかお願いいたします」


 二人とも頭を下げている。


「頭をお上げください。…………分かりました。彼女に関することはお伝えするとお約束いたします」


「ありがとうございます」


「ですが、無理だけはしないと約束してください。相手は狡猾な奴らです。隙を見せると一気に攻撃されます。くれぐれも慎重に行動してください。そして、彼女の命に関わることですので他言無用でお願いいたします」


 しっかりと頷く先生たち。



「一つ伺っても?」


「はい」


「高丘にはこのことは?」


「今のところ話すつもりはありません。いたずらに礼桜ちゃんを不安にさせるのは本意ではないので。警察にも協力を仰ぎ対処するつもりですが、危険が迫っていると判断した時点で私たちから彼女に伝えます。なので、先生方もそのつもりでよろしくお願いいたします」





 どうにか話し合いはまとまりそうだな。


 礼桜ちゃんはちゃんと勉強しているだろうか。


 あの男はまだいるだろうか。




 腹減ったな。

 礼桜ちゃんもおなかが空いてるだろうから何か美味しいものでも食べて帰ろう。






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